・・・そこの火鉢とへ、取分けた。それから隣座敷へ運ぶのだそうで、床の間の壁裏が、その隣座敷。――「旦那様の前ですけど、この二室が取って置きの上等」で、電報の客というのが、追ってそこへ通るのだそうである。――「まあお一杯。……お銚子が冷めますか・・・ 泉鏡花 「鷭狩」
・・・小説と社会との重要な関係点は、幾干も幾干も有るのでございまするが、小説中の人物と実社会の人物との関係と申す事は、取り分け重要であり、かつまた切実な点であることは申すまでもない事だと存じまするのでございます。 馬琴という人は、或る種類の人・・・ 幸田露伴 「馬琴の小説とその当時の実社会」
・・・右膳は取分け晴れやかな、花の咲いたような顔をした。臙脂屋の悦んだのはもとよりだつたが、遊佐河内守は何事も無かったような顔であった。そして忽ちに臙脂屋に対って、「臙脂屋殿。」と殿づけにして呼びかけた。臙脂屋は「ハ」と恐縮して応・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・僕には蔀君が半紙に取り分けて、持って来てくれたので、僕は敷居の上にしゃがんで食った。「お茶も今上げます。盥も手桶も皆新しいのです」と蔀君は言いわけをするように云って置いて、茶を取りに立った。しかしそんな言いわけらしい事を聞かなくても、僕は飲・・・ 森鴎外 「百物語」
出典:青空文庫