・・・それである歴史家がいうたに「イギリス人の書いたもので歴史的の叙事、ものを説き明した文体からいえば、カーライルの『フランス革命史』がたぶん一番といってもよいであろう、もし一番でなければ一番のなかに入るべきものである」ということであります。それ・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・エイゼンシュテインはこれを二つのものの単なる組み合わせあるいは堆積すなわち彼のいわゆる叙事的な原理と見る代わりに、二つのものの衝突の中に観念を生み出し爆発させる力学的原理を認めようとしたようである。しかしわれわれのような観賞者の立場からすれ・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・ 叙事と抒情とによって文学の部門を分けるのは、そういう形式的な立場からは妥当で便利な分類法であるが、ここで代表されているような特殊な立場から見れば、こういう区別はたいした意味を持たなくなる。 最も抒情的なものと考えられる詩歌の類で、・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・ 叙事的色彩の強い文学上の作品の中には対象が人間以外のものである場合もずいぶんある。例えば、風景の写生的描写や、あるいは昆虫の生活、あるいは花や草の世界を主題としたものがある。勿論それが単なる地貌学的ないし生物学的の記述でなく、文学的作・・・ 寺田寅彦 「文学の中の科学的要素」
・・・このむしろ長々しい、つまらぬ叙事を読んで幾分かの興味を感ずる人があれば、それはおそらく隣の下宿にいた友くらいなものであろう。 寺田寅彦 「雪ちゃん」
・・・四五輛の人力車を連ねて大きな玄関口へ乗付け宿の女中に出迎えられた時の光景は当世書生気質中の叙事と多く異る所がなかったであろう。根津の社前より不忍池の北端に出る陋巷は即宮永町である。電車線路のいまだ布設せられなかった頃、わたくしは此のあたりの・・・ 永井荷風 「上野」
・・・しかし中米楼は重に茶屋受の客を迎えていたのに、『今戸心中』の叙事には引手茶屋のことが見えていない。その頃裏田圃が見えて、そして刎橋のあった娼家で、中米楼についでやや格式のあったものは、わたくしの記憶する所では京二の松大黒と、京一の稲弁との二・・・ 永井荷風 「里の今昔」
・・・浅学にて古代騎士の状況に通ぜず、従って叙事妥当を欠き、描景真相を失する所が多かろう、読者の誨を待つ。 遠き世の物語である。バロンと名乗るものの城を構え濠を環らして、人を屠り天に驕れる昔に帰れ。今代の話しではない。 何時の頃とも知・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・芭蕉の叙事形容に粗にして風韻に勝ちたるは、芭蕉の好んでなしたるところなりといえども、一は精細的美を知らざりしに因る。芭蕉集中精細なるものを求むるに粽結片手にはさむ額髪五月雨や色紙へぎたる壁の跡のごとき比較的にしか思わるる・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
出典:青空文庫