・・・その第一回は美妙の裸蝴蝶で大分前受けがしたが、第二回の『於母影』は珠玉を満盛した和歌漢詩新体韻文の聚宝盆で、口先きの変った、丁度果実の盛籠を見るような色彩美と清新味で人気を沸騰さした。S・S・Sとは如何なる人だろう、と、未知の署名者の謎がい・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・緑雨は口先きばかりでなくて真実困っていたらしいが、こんな馬鹿げた虚飾を張るに骨を折っていた。緑雨と一緒に歩いた事も度々あったが、緑雨は何時でもリュウとした黒紋付で跡から俥がお伴をして来るという勢いだから、精々が米琉の羽織に鉄欄の眼鏡の風采頗・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・と、沼南に逆さに蟇口を振って見せられた連中は沼南の口先きだけの同情をブツクサいっていた。三 それでも当時の毎日新聞社にはマダ嚶鳴社以来の沼間の気風が残っていたから、当時の国士的記者気質から月給なぞは問題としないで天下の木鐸の・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・かえって、口先では、「こんなものは、いくらもある、つまらない石じゃないか。」といって、くさしたのです。 店のものは、よく知りませんから、そうかと思いましたが、めったに見たことのない、珍しい美しい石だと思っていますものですから、「・・・ 小川未明 「宝石商」
・・・これなどまだ小心で正直な方だが口先のうまい奴は、これまでの取りつけの米屋に従来儲けさしているんだからということを笠にきて外米入らずを持って来させる。問屋と取引のある或る宿屋では内地米三十俵も積重ねる。それを売って呉れぬかというと、これはお客・・・ 黒島伝治 「外米と農民」
・・・ これまでの県会議員や、国会議員が口先で、政策とか、なんとか、うまいことを並べても、それは、その場限りのおざなりであることを彼等は十分知りすぎている。では、彼等を貧乏から解放してくれるものは何であるか。──彼等には、まだそれが分っていな・・・ 黒島伝治 「選挙漫談」
・・・「おい、今んになって、口先で胡魔化そう、ったって駄目だよ。剥製の獣じゃあるめえし、傷口に、ただの綿だけ押し込んどいて、それで傷が癒りゃ、医者なんぞ食い上げだ! いいか、覚えてろ! 万寿丸は室浜の航海だ。月に三回はいやでも浜に入って来らあ・・・ 葉山嘉樹 「浚渫船」
・・・ さほ子の声が次第に怪しく鼻にかかり、口先の慰撫が困難になって来ると、彼は、そろそろ自分の所業を後悔し出した。「いや全く、いくらはいはい云おうとも、いないには増しに違いなかったろう。葉書で呼びかえすかな。然し、又、あれに攻められるの・・・ 宮本百合子 「或る日」
・・・この貴い歴史のあゆみをいいかげんな代議士共の口先でごまかされることはまっぴらです。 二 日本の民主化がいわれてから一年半ほどたちます。婦人が選挙に参加してから一年がたちます。しかし婦人の生活に重くのしかかっ・・・ 宮本百合子 「今度の選挙と婦人」
・・・ただ口先で、いろいろなことをいって、社会主義だとか、民主主義だとか、しまいにはキリストまで引張り出して恵みを乞う、そういうおかしな、すり変えられた民主主義は真平御免だと思うのです。私どもはロシアの勤労階級の人々と同じ二十世紀の世界歴史の中に・・・ 宮本百合子 「社会と人間の成長」
出典:青空文庫