・・・たとい君は同じ屏風の、犬を曳いた甲比丹や、日傘をさしかけた黒ん坊の子供と、忘却の眠に沈んでいても、新たに水平へ現れた、我々の黒船の石火矢の音は、必ず古めかしい君等の夢を破る時があるに違いない。それまでは、――さようなら。パアドレ・オルガンテ・・・ 芥川竜之介 「神神の微笑」
・・・そこにはもうカアキイ服に、古めかしい襷をあやどった、各師団の兵が集まっている、――彼に声をかけたのも、そう云う連中の一人だった。その兵は石に腰をかけながら、うっすり流れ出した朝日の光に、片頬の面皰をつぶしていた。「第×聯隊だ。」「パ・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・ 水車は川向にあってその古めかしい処、木立の繁みに半ば被われている案排、蔦葛が這い纏うている具合、少年心にも面白い画題と心得ていたのである。これを対岸から写すので、自分は堤を下りて川原の草原に出ると、今まで川柳の蔭で見えなかったが、一人・・・ 国木田独歩 「画の悲み」
・・・なんという古めかしい事は夢に見ようといっても見られなくなり行きまして、母が真中で子供を左右にした「三宝荒神」などは浮世絵で見るほかには絵に見る事も無くなりましょう。で、万事贅沢安楽に旅行の出来るようになった代りには、芭蕉翁や西行法師なんかも・・・ 幸田露伴 「旅行の今昔」
・・・ ちらと見ると、浅黄色のちりめんに、銀糸の芒が、雁の列のように刺繍されてある古めかしい半襟であった。「晴れないかな。」そろそろポオズが、よみがえって来ていた。「ええ。お草履じゃ、たいへんでしょう。」「よし。のもう。」 そ・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・ 祖母の使っていた糸車はその当時でもすっかり深く媒色に染まったいかにも古めかしいものであった。おそらく祖母の嫁入り道具の一つであったかもしれない。あるいはまた曾祖母の使い慣れたのを大切に持ち伝えたものであったかもしれないのである。とにか・・・ 寺田寅彦 「糸車」
・・・四時から再び始まる講義までの二三時間を下宿に帰ろうとすれば電車で空費する時間が大部分になるので、ほど近いいろいろの美術館をたんねんに見物したり、旧ベルリンの古めかしい街区のことさらに陋巷を求めて彷徨したり、ティアガルテンの木立ちを縫うてみた・・・ 寺田寅彦 「コーヒー哲学序説」
・・・ ナポリへ帰って、ポーシリッポの古城もただ外から仰いで見ただけで船へ帰ると、いろいろの物売りが来ていた。古めかしい油絵の額や、カメオや七宝の装飾品などが目についた。双眼鏡の四十シリングというのをT氏が十シリングにつけたら負けてよこした。・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・気の弱い彼女は、すべて古めかしい叔母の意思どおりにならせられてきた。「私の学校友だちは、みんないいところへ片づいていやはります」彼女はそんなことを考えながらも、叔母が択んでくれた自分の運命に、心から満足しようとしているらしかった。「・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・天の川が大分まわり大熊星がチカチカまたたき、それから東の山脈の上の空はぼおっと古めかしい黄金いろに明るくなりました。 前の汽車と停車場で交換したのでしょうか、こんどは南の方へごとごと走る音がしました。何だか車のひびきが大へん遅く貨物列車・・・ 宮沢賢治 「二十六夜」
出典:青空文庫