・・・そんなものは仕方がありませんから捨てておしまいなすって、サアーツ新規に召し上れな。」という。主人は一向言葉に乗らず、「アア、どうも詰まらないことをしたな。どうだろう、もう継げないだろうか。」となお未練を云うている。「そんなに・・・ 幸田露伴 「太郎坊」
・・・水湯茶のたぐいをのみ飲まんもあしかるべし、あつき日にはあつきものこそよかるべけれとて、寒月子くず湯を欲しとのぞめば、あるじの老媼いなかうどの心緩やかに、まことにあしき病なんど行わるる折なれば、くず湯召したまわんとはよろしき御心づきなり、湯の・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・内儀「あなた、そのお服装じゃアいけません、これを召していらっしゃい」七「なに、これで沢山だ、悪いと云えば帰って来る」 と無慾の人だから少しも構いませんで、番町の石川という御旗下の邸へ往くと、お客来で、七兵衞は常々御贔屓だから、・・・ 著:三遊亭円朝 校訂:鈴木行三 「梅若七兵衞」
・・・「お召し物も来たんでしょう?――では早くお着換えなさいましな。女の着物なんか召しておかしいわ」と微笑む。自分は笑って、袖を翳してみる。「さっきね」と、藤さんは袂へ手を入れて火鉢の方へ来る。「これごらんなさい」と、袂の紅絹裏の間か・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・ 井伏さんも、少し元気を取り戻したようで、握り飯など召し上りながら、原稿用紙の裏にこまかい字でくしゃくしゃと書く。私はそれを一字一字、別な原稿用紙に清書する。「ここは、どう書いたらいいものかな。」 井伏さんはときどき筆をやすめて・・・ 太宰治 「『井伏鱒二選集』後記」
・・・いちど私が、よせばいいのに、先生のご機嫌をとろうと思って、先生の座談はとても面白い、ちょっと筆記させていただきます、と言って手帖を出したら、それが、いたく先生のお気に召して、それからは、ややもすれば、坐り直してゆっくりした口調でものを言いた・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
・・・しっかり、ひとつ召し上って下さい。さ、どうぞ、しっかり。」しっかり飲め、と言うのである。男らしく、しっかりした態度で飲め、という叱咤の意味にも聞える。会津の国の方言なのかも知れないが、どうも私には気味わるく思われた。私は、しっかり飲んだ。ど・・・ 太宰治 「佳日」
・・・おそろしく高いカラスミを買わされ、しかも、キヌ子は惜しげも無くその一ハラのカラスミを全部、あっと思うまもなくざくざく切ってしまって汚いドンブリに山盛りにして、それに代用味の素をどっさり振りかけ、「召し上れ。味の素は、サーヴィスよ。気にし・・・ 太宰治 「グッド・バイ」
・・・「お気に召しますか、どうですか。」「いや、結構です。」私は思わず、ぺこりとお辞儀をして、「ここで失礼して、着換えさせていただきます。」 着換えが終った。結構ではなかった。結構どころか、奇態であった。袖口からは腕が五寸も、はみ出してい・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・御主人は、ジャンパーなど召して、何やらいさましい恰好で玄関に出て来られたが、いままで縁の下に蓆を敷いて居られたのだそうで、「どうも、縁の下を這いまわるのは敵前上陸に劣らぬ苦しみです。こんな汚い恰好で、失礼。」 とおっしゃる。縁の下に・・・ 太宰治 「十二月八日」
出典:青空文庫