・・・それからまた低気圧が来て風が激しくなりそうだと夜中でもかまわず父は合羽を着て下男と二人で、この石燈籠のわきにあった数本の大きな梧桐を細引きで縛り合わせた。それは木が揺れてこの石燈籠を倒すのを恐れたからである。この梧桐は画面の外にあるか、それ・・・ 寺田寅彦 「庭の追憶」
・・・「カッパ」と似ていておもしろい。 もっとも「河童」と称するものは、その実いろいろ雑多な現象の総合とされたものであるらしいから、今日これを論ずる場合にはどうしてもいったんこれをその主要成分に分析して各成分を一々吟味した後に、これら・・・ 寺田寅彦 「化け物の進化」
・・・家へ帰って護謨合羽を脱ぐと、肩当の裏側がいつの間にか濡れて、電灯の光に露のような光を投げ返した。不思議だからまた羽織を脱ぐと、同じ場所が大きく二カ所ほど汗で染め抜かれていた。余はその下に綿入を重ねた上、フラネルの襦袢と毛織の襯衣を着ていたの・・・ 夏目漱石 「三山居士」
汽車の窓から怪しい空を覗いていると降り出して来た。それが細かい糠雨なので、雨としてよりはむしろ草木を濡らす淋しい色として自分の眼に映った。三人はこの頃の天気を恐れてみんな護謨合羽を用意していた。けれどもそれがいざ役に立つとなるとけっし・・・ 夏目漱石 「初秋の一日」
・・・一郎は急いでごはんをしまうと、椀をこちこち洗って、それから台所の釘にかけてある油合羽を着て、下駄はもってはだしで嘉助をさそいに行きました。 嘉助はまだ起きたばかりで、「いまごはんをたべて行ぐがら。」と言いましたので、一郎はしばらくう・・・ 宮沢賢治 「風の又三郎」
・・・そして僕は遠くから風力計の椀がまるで眼にも見えない位速くまわっているのを見、又あの支那人の博士が黄いろなレーンコートを着子供の助手が黒い合羽を着てやぐらの上に立って一生けん命空を見あげているのを見た。さあ僕はもう笛のように鳴りいなずまのよう・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
・・・ 或る大変吹き降りのする日に、学校から帰ると母の止めるのもきかずに合羽を着小さい奴傘を差して病院に出かけた。 多分独りだったと思う。 まだあんなに道路の改正されない間の本郷の大通りは雨が降るとゴタゴタになって今では想像もされ・・・ 宮本百合子 「追憶」
・・・赤帽と、合羽を着た数人の俥夫が我々をとり巻いた。「お宿はどこです」「お俥になさいますか」「――ふむ――まだ宿をきめていないんだが、長崎ホテル、やっていますか」「あすこはもう廃めました」 すると、俥夫達の背後に立ち、頻りに・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
・・・ パカッカッ……カッパ……カッ……パカッカッ……。 せわしい斧の妙な合奏。 樵夫の鈍い叫声に調子づけるように、泥がブヨブヨの森の端で、重荷に動きかねる木材を積んだ荷馬を、罵ったり苛責したりする鞭の音が鋭く響く。 ト思うと、日・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・ 藍子は、朝飯をすますと直ぐ、合羽足駄に身をかためて家を出た。偶然の雪が却って彼女に興を与えた。生来雪好きの藍子は電車の上り口に、誰かの足駄から落ちた一かたまりの雪が、ほんの僅か白くあとは泥に滲んで落ちているのにまで新鮮な印象を受けた。・・・ 宮本百合子 「帆」
出典:青空文庫