・・・従って個体相互の間で「同時」という事がよほど複雑な非常識的なものになってしまう。しかしそこにまたこの時計の妙味もあるのである。譬喩を引けば浦島太郎が竜宮の一年はこの世界の十年に当たるというような空想や、五十年の人生を刹那に縮めて嘗め尽くすと・・・ 寺田寅彦 「時の観念とエントロピーならびにプロバビリティ」
・・・定まった弾条に定まった重量を吊し、定まった温度その他の同時的条件を一切一様にしても、その長さは一定しないのである。すなわち過去において受けた取扱い如何によって種々の長さを与えるのである。一匁の分銅を一分間吊した後と、一時間あるいは一昼夜吊し・・・ 寺田寅彦 「方則について」
・・・ 北極をめぐる諸科学国が互いに協力して同時的に気象学的ならびに一般地球物理学的観測を行なういわゆるインターナショナル・ポーラー・イヤーに際会してソビエト政府は都合八組の観測隊を北氷洋に派遣した。その中の数隊は極北の島々にそれぞれの観測所・・・ 寺田寅彦 「北氷洋の氷の割れる音」
プドーフキンやエイゼンシュテインらの映画の芸術的価値が世界的に認められると同時に彼らのいわゆるモンタージュの理論がだいぶ持てはやされ、日本でもある方面ではこのモンタージュということが一種のはやり言葉になったかのように見える・・・ 寺田寅彦 「ラジオ・モンタージュ」
・・・もっとも、ただの一句でもそれを読む時の感官的活動は時間的に進行するので、決して同時にいろいろの要素表象が心に響くのではないが、しかし一句としてのまとまった感じは一句を通覧した時に始めて成立するのであるから、物理的には同時でなくても心理的には・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・と押し殺すような声で云ったのと同時であった。「誰だい?」 彼は、大きな声で呶鳴った。「中村だがね、ちょっと署まで来て貰いたいんだ」――誰だい――と呼ぶ吉田の声が、鋭く耳を衝いたので、子供が薄い紙のような眠りを破られた。・・・ 葉山嘉樹 「生爪を剥ぐ」
・・・プロレタリア文学の理論、創作方法の問題などが、若干直訳的であったことや、例えば弁証法的創作方法という提案の中には、世界観と創作方法との二つの問題が混同し同時的に提出されていたために、創作の現実にあたって作家を或る困惑に導いたような事実は、当・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・作品の世界は、幻想的と云われ、或は逞しき奔放さと云われ、華麗と云うような文字でも形容され、デカダンスとも云われ、あらゆる作品の当然の運命として、賞讚と同時の疑問にもさらされた。文学の作品として、かの子さんの幻想ならぬ幻想が、その世界として客・・・ 宮本百合子 「作品の血脈」
・・・ 近代日本の文学の中に長い伝統をもっていた私小説というものが、その主観性のせまい枠と同時的なリアリズムの限界の面から否定をもって見られた当時、そこからより広い生活感と文学とへ出るためには、当然の経過と考えられる方法、私小説における私の究・・・ 宮本百合子 「人生の共感」
・・・ おなじように、前年度から活動をあらわしたインテリゲンチャの新進作家たちの、本年度の仕事は非常に期待されると同時に、個々別々にそれぞれの作家として発展させなければならないさまざまの矛盾や希望的なモメントを前年度において示しています。・・・ 宮本百合子 「一九四七・八年の文壇」
出典:青空文庫