・・・ 深秘な山には、谷を隔てて、見えつつ近づくべからざる巨木名花があると聞く。……いずれ、佐保姫の妙なる袖の影であろう。 花の蜃気楼だ、海市である……雲井桜と、その霞を称えて、人待石に、氈を敷き、割籠を開いて、町から、特に見物が出るくら・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・ きほ敢て忘れん慈父の訓 飄零枉げて受く美人の憐み 宝刀一口良価を求む 貞石三生宿縁を証す 未だ必ずしも世間偉士無からざるも 君が忠孝の双全を得るに輸す 浜路一陣のこうふう送春を断す 名花空しく路傍の塵に委す 雲鬟影を吹いて・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・しかしこういう業つくばりの男の事故、芸者が好きだといっても、当時新橋第一流の名花と世に持囃される名古屋種の美人なぞに目をくれるのではない。深川の堀割の夜深、石置場のかげから這出す辻君にも等しい彼の水転の身の浅間しさを愛するのである。悪病をつ・・・ 永井荷風 「妾宅」
出典:青空文庫