・・・それが急に田口一等卒へ、機嫌の悪い顔を向けると、吐き出すようにこう命じた。「おい歩兵! この間牒はお前が掴まえて来たのだから、次手にお前が殺して来い。」 二十分の後、村の南端の路ばたには、この二人の支那人が、互に辮髪を結ばれたまま、・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・ 佐渡守は、吐き出すように、こう云った。「その儀は、宇左衛門、一命にかけて、承知仕りました。」 彼は、眼に涙をためながら懇願するように、佐渡守を見た。が、その眼の中には、哀憐を請う情と共に、犯し難い決心の色が、浮んでいる。――必・・・ 芥川竜之介 「忠義」
・・・ いきなり仁右衛門が猿臂を延ばして残りを奪い取ろうとした。二人は黙ったままで本気に争った。食べるものといっては三枚の煎餅しかないのだから。「白痴」 吐き出すように良人がこういった時勝負はきまっていた。妻は争い負けて大部分を掠奪さ・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・似をしやがって、 と云う声がしたので、見ると大黒帽の上から三角布で頬被りをした男が、不平相にあたりを見廻して居たが、一人の巡査が彼を見おろして居るのに気が附くと、しげしげそれを見返して、唾でも吐き出す様に、畜生。 と・・・ 有島武郎 「かんかん虫」
・・・一つを吐き出すまでにもいいかげん胸がつかえていたのでできなかったのだ。僕の生活にも春が来たらあるいは何かできるかもしれない。反対にできないかもしれない。春が来たら花ぐらいは咲きそうなものだとは思っているが。・・・ 有島武郎 「片信」
・・・度その日から、寺の諸所へ、火が燃え上るので、住職も非常に困って檀家を狩集めて見張となると、見ている前で、障子がめらめらと、燃える、ひゃあ、と飛ついて消す間に、梁へ炎が絡む、ソレ、と云う内羽目板から火を吐出す、凡そ七日ばかりの間、昼夜詰切りで・・・ 泉鏡花 「一寸怪」
・・・口から吐き出す火だ。ぐんぐん伸びて来る。首が舌が火が……。背なかを舐めに来る。ろくろ首だ。佐伯は思わずヒーヒーと乾いた泣き声を出し、やっとその池の傍の小径を通り抜けると、原っぱのなかを駈けだす。急に立ち停る。ひどい息切れが来たのだ。胸の臓器・・・ 織田作之助 「道」
・・・高嶽の絶頂は噴火口から吐き出す水蒸気が凝って白くなっていたがそのほかは満山ほとんど雪を見ないで、ただ枯れ草白く風にそよぎ、焼け土のあるいは赤きあるいは黒きが旧噴火口の名残をかしこここに止めて断崖をなし、その荒涼たる、光景は、筆も口もかなわな・・・ 国木田独歩 「忘れえぬ人々」
・・・ 晩に、炊事場の仕事がすむと、上官に気づかれないように、一人ずつ、別々に、息を切らしながら、雪の丘を攀じ登った。吐き出す呼気が凍って、防寒帽の房々した毛に、それが霜のようにかたまりついた。 彼等は、家庭の温かさと、情味とに飢え渇して・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・驚きて吐き出すに腐れたるなり。嗽ぎて嗽げども胸わろし。この度は水の椀にとりて見るにまたおなじ、次もおなじ。これにて二銭種なしとぞなりける。腹はたてども飯ばかり喰いぬ。鳥目を種なしにした残念さ うっかり買たくされ卵子に・・・ 幸田露伴 「突貫紀行」
出典:青空文庫