・・・幸い吐き気も来ないようですから」Sさんは母に答えながら、満足そうに手を洗っていた。 翌朝自分の眼をさました時、伯母はもう次の間に自分の蚊帳を畳んでいた。それが蚊帳の環を鳴らしながら、「多加ちゃんが」何とか云ったらしかった。まだ頭のぼんや・・・ 芥川竜之介 「子供の病気」
・・・その当座、私は一日二箱のキングを吸って、ゲエゲエと吐気がした。私は煙草をよそうと思った。新しい女が私の前に現われたのだ。 彼女はいつも仁丹を口にしていた。一日三円ぐらい仁丹をたべると言っていた。仁丹という看板を見たり、仁丹という言葉をき・・・ 織田作之助 「中毒」
・・・ と、苦しい息の下から一ことそう言うのさえやっとで、何か冗談を言おうと思っても、すぐ吐きそうになり、黙って這うようにして衣服を取りまとめ、スズメに手伝わせて、どうやら身なりを整え、絶えず吐き気とたたかいながら、つまずき、よろめき、日本橋・・・ 太宰治 「犯人」
・・・美しい花の雲を見ていると眩暈がして軽い吐気をさえ催した。どんよりと吉野紙に包まれたような空の光も、浜辺のような白い砂地のかがやきも、見るもののすべての上に灰色の悲しみが水の滲みるように拡がって行った。「あなたはどうしてそんなに悲しそうで・・・ 寺田寅彦 「異郷」
出典:青空文庫