・・・ その時、年とった体操の教師が、この木の下に立って、さも痛ましそうにして、皮の剥がれた幹を撫していましたが――よくこれで水を吸い上げるものだと言わぬばかりの顔をしながら――やがて、何に深く感動してか、溜息を洩らして、「苛められる者は・・・ 小川未明 「自分を鞭打つ感激より」
・・・寺田はあわててロンパンのアンプルを切って、注射器に吸い上げると、いつもの癖で針の先を上向けて、空気を外に出そうとしたが、何思ったのかふと手を停めると、じっと針の先を見つめていた。注射器の中には空気のガラン洞が出来ている。このまま静脈に刺して・・・ 織田作之助 「競馬」
・・・ 発動機が動きだしたと見え、コットン、コットン水を吸い上げる音が聞えて来た。二三分して、再び止ってしまった。もう動かないらしい。扉をあけ、父がやめて来たかと思ったら、それはみわであった。「まあ旦那様本当に恐れ入りますでございますね、・・・ 宮本百合子 「海浜一日」
・・・そして磁石のように砂のなかからただ鉄のみを吸い上げる。それはほとんど本能的である。かくして作られたる体験の体系は、一つの新しい生として創造の名に価する。 ただしかし、その体験が浅薄なゆえに偽りを含んでいるとしたら――・・・ 和辻哲郎 「生きること作ること」
出典:青空文庫