・・・それは昔この道路の水準がずっと低かった頃に砂利をつめた土俵を並べて飛石代りにしてあった、それをそのまま後に土で埋めて道路面を上げたのであるが、砂利が周囲の湿気を吸収するために、その上に当るところだけ余計に乾燥して白く見えるとの事であった。し・・・ 寺田寅彦 「追憶の冬夜」
・・・書物を開いて、ものの半ページも読んで行くうちに、いろいろの疑問や思いつきが雲のごとくむらがりわき起こって、そのほうの始末に興味を吸収されてしまうような場合が多かったのではないかと想像される。 こういう種類の頭脳に対しては書籍は一種の点火・・・ 寺田寅彦 「読書の今昔」
・・・これはたぶんあとの母音は振動数の多い上音に富むため、またそういう上音はその波長の短いために吸収分散が多く結局全体としての反響の度が弱くなるからではないかと考えてみた事がある。ともかくもこの事と、鸚鵡石で鉦や鈴や調子の高い笛の音の反響・・・ 寺田寅彦 「化け物の進化」
・・・だんだん見慣れるに従って頭の中の三毛の記憶の影像が変化して眼前の生きたものに吸収され同化されて行く不思議な心理過程に興味を感じた。われわれが過去の記憶の重荷に押しつぶされずに今日を享楽して行けるのは単に忘れるという事のおかげばかりではなくま・・・ 寺田寅彦 「備忘録」
・・・見る間に三万坪に余る過去の一大磁石は現世に浮游するこの小鉄屑を吸収しおわった。門を入って振り返ったとき、憂の国に行かんとするものはこの門を潜れ。永劫の呵責に遭わんとするものはこの門をくぐれ。迷惑の人と伍せんとするものはこの門・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・不思議にも、その小さい物が、この闇夜に漏れて来る一切の光明を、ことごとく吸収して、またことごとく反射するようである。 爺いさんは云った。「なんだか知っているかい。これは青金剛石と云う物だ。世界に二つと無い物で、もう盗まれてから大ぶの年が・・・ 著:ブウテフレデリック 訳:森鴎外 「橋の下」
・・・消化吸収排泄循環生殖と斯う云うことをやる器械です。死ぬのが恐いとか明日病気になって困るとか誰それと絶交しようとかそんな面倒なことを考えては居りません。動物の神経だなんというものはただ本能と衝動のためにあるです。神経なんというのはほんの少しし・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・という親心と息子の心を吸収して、百姓の息子でも、軍人ならば大将にだって成れる道として、軍国日本に軍人の道が開かれていたのである。日本の大学は、人類の理性と学問に関するアカデミアであるより以前に、官僚と学閥の悪歴を重ねた。見えない半面で軍国主・・・ 宮本百合子 「新しいアカデミアを」
・・・ それらの急進的な若い男女があふれるような活力と感受性とを傾けて、学内の活動などに吸収されて行った有様は、めざましいものであったろう。ところが彼らが研究会やなにかでイデオロギー的に獲得した輝かしい未来の社会、両性関係の見とり図と、現実の・・・ 宮本百合子 「新しい一夫一婦」
・・・けれども、時局の要求する生産拡充への大努力によって重工業、化学、食料、織縫などには、大量に女の力が吸収されつつある。全国に十万人も熟練工が不足を告げているという事実は、今日の大問題とされているのである。処々の大工場、実務学校などで熟練工の養・・・ 宮本百合子 「新しい婦人の職場と任務」
出典:青空文庫