・・・ 金属と油脂類との間の吸着力の著しいことは日常の経験からもよく知られている。真鍮などのみがいた鏡面を水で完全に湿すのが困難であるのは、目に見えない油脂の皮膜のためである。こういう皮膜がいわゆる boundary lubrication ・・・ 寺田寅彦 「鐘に釁る」
・・・ひと口に言えば自然の風物にわれわれの主観的生活を化合させ吸着させて自然と人間との化合物ないし膠質物を作るという可能性である。これがなかったらこの魔術は無効である。しかしこれだけの理由ではまだ不十分である。もう一つの重大な理由と思われるのは日・・・ 寺田寅彦 「俳句の精神」
・・・また昔レーリー卿が紅茶茶わんをガラス板の上ですべらせてみて、ガラスのよごれ方でひどく摩擦のちがうことを見て考え込んでいたことがあるが、これは近年になって固体や液体の表層に吸着した単分子層の研究の先駆をなしたものであった。これと似寄ったことで・・・ 寺田寅彦 「物理学圏外の物理的現象」
・・・い老職工の顔のかぶさった肉体的な全容積と頑固な形をしているくせにその仕事にかけての巧妙さを語る大きい手先とが、小さな覗き眼鏡の円筒を中心として、その小さい道具を既に生理の一部分にとかしこんでいるような吸着力で捉えられている。仕事への熟練とそ・・・ 宮本百合子 「ヴォルフの世界」
出典:青空文庫