・・・ とうとうおれは吹き出してしもうた。」「少将はどうなさいました?」「四五日の間はおれに遇うても、挨拶さえ碌にしなかった。が、その後また遇うたら、悲しそうに首を振っては、ああ、都へ返りたい、ここには牛車も通らないと云うた。あの男こそお・・・ 芥川竜之介 「俊寛」
・・・ レリヤはそれを見て吹き出して、「お母あさんも皆も御覧よ。クサカが芸をするよ。クサカもう一反やって御覧。それでいい、それでいい」といった。 人々は馳せ集ってこれを見て笑った。クサカは相変らず翻筋斗をしたり、後脚を軸にしてくるくる廻っ・・・ 著:アンドレーエフレオニード・ニコラーエヴィチ 訳:森鴎外 「犬」
・・・「正寅の刻からでござりました、海嘯のように、どっと一時に吹出しましたに因って存じておりまする。」と源助の言つき、あたかも口上。何か、恐入っている体がある。「夜があけると、この砂煙。でも人間、雲霧を払った気持だ。そして、赤合羽の坊主の・・・ 泉鏡花 「朱日記」
・・・ 今朝は麗かに晴れて、この分なら上野の彼岸桜も、うっかり咲きそうなという、午頃から、急に吹出して、随分風立ったのが未だに止まぬ。午後の四時頃。 今しがた一時、大路が霞に包まれたようになって、洋傘はびしょびしょする……番傘には雫もしな・・・ 泉鏡花 「妖術」
・・・風が強く吹き出し雨を含んだ空模様は、今にも降りそうである。提灯を車の上に差出して、予を載せようとする車屋を見ると、如何にも元気のない顔をして居る。下ふくれの青白い顔、年は二十五六か、健康なものとはどうしても見えない。予は深く憐れを催した。家・・・ 伊藤左千夫 「浜菊」
・・・ 子供はふたりとも吹き出した。「吉弥も吉弥だ、あんな奴にくッついておらなくとも、お客さんはどこにでもある。――あんな奴があって、うちの商売の邪魔をするのだ」 そう思うのも実際だ。僕が来てからの様子を見ていても、料理の仕出しと言っ・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・そして、強く、強く吹き出しました。木の芽ばかりでなく、野原に生えていた、すべての草や、林が、驚いて騒ぎ出しました。中にも、この小さな木の芽は、柔らかな頭をひたひたとさして、いまにもちぎれそうでありました。 粗野で、そそっかしい風は、いつ・・・ 小川未明 「明るき世界へ」
・・・と、秀ちゃんが、答えたので、お姉さんも、吹き出して、「達ちゃん、おまえ、くりねずみといったの?」と、お笑いになりました。 達ちゃんは、秀公が、どんな自分の困ることをいいだすだろうと、内心びくびくしていたのですが、なにこれくらいのこと・・・ 小川未明 「二少年の話」
・・・あッと思って鼻を押えると、血が吹き出していた。あとで知ったことだが、この在郷軍人会の分会長は伍長上りの大工で、よその分会から点呼を受けに来た者には必ず難癖をつけて撲り飛ばすということであった。なお、この男を分会長にいただいている気の毒な分会・・・ 織田作之助 「髪」
・・・ 従兄は、例の団栗眼を光らして怒るかと思いの外、少し唇を尖らして、くっくっと吹き出しそうになった。が、すぐそれを呑み込んで、「ううむ?」と曖昧に塩入れ場の前に六尺の天秤棒や、丸太棒やを六七本立てかけてある方に顎をちょいと突き出して搾・・・ 黒島伝治 「まかないの棒」
出典:青空文庫