・・・これを強いて一纏めに命名すると、一を観音力、他を鬼神力とでも呼ぼうか、共に人間はこれに対して到底不可抗力のものである。 鬼神力が具体的に吾人の前に現顕する時は、三つ目小僧ともなり、大入道ともなり、一本脚傘の化物ともなる。世にいわゆる妖怪・・・ 泉鏡花 「おばけずきのいわれ少々と処女作」
・・・かくして、タッチイの命名になる『春服』が生れました。タッチイは顔がひろくて、山村、カツ西、豊野を加え、カジョーもまた努力してくれて、伊牟田氏を入れてくれました。カジョーとは段々仲が良くなり、ぼくの臭さも彼、許してくれてきましたようです。『春・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・ 涙が出そうになったので、僕は、それをごまかそうとして、「でも、ミソ踏み眉山なんて、あれは、あなたの命名でしたよ。」「悪かったと思っているんです。腎臓結核は、おしっこが、ひどく近いものらしいですからね、ミソを踏んだり、階段をころ・・・ 太宰治 「眉山」
・・・とほとんどそっくりでただ尻尾が長くてその尻尾に雉毛の紋様があるだけの相違である。どこかの飼猫の子が捨てられたか迷って来たかであるに相違ないが、とにかくそのままに居着いてしまって「白」と命名された。珍しく鷹揚な猫で、ある日犬に追われて近所の家・・・ 寺田寅彦 「ある探偵事件」
・・・ 非論理的論理というのは、今の人間のまだ発見し意識し分析し記述し命名しないところの、人間の思惟の方則を意味する。これを掘り出し認識するのが未来に予想さるる広義の「学」の一つの使命である。科学も文学も等しくこの未来の「学」の最後のゴールに・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・とき自分の眼前には忽然として過ぎし日のK大学におけるB教授の実験室が現われるような気がした。 大きな長方形の真空ガラス箱内の一方にB教授が「テレラ」と命名した球形の電磁石がつり下がっており、他の一方には陰極が插入されていて、そこから強力・・・ 寺田寅彦 「B教授の死」
・・・という題であったか忘れたが、自分が九歳の頃東海道を人力車で西下したときに、自分の乗っていた車の車夫が檜笠を冠っていて、その影が地上に印しながら走って行くのを椎茸のようだと感じたと見えてその車夫を椎茸と命名したという話を書いた。子規がその後時・・・ 寺田寅彦 「明治三十二年頃」
・・・ 林述斎が隅田川の風景を愛して橋場の辺に別墅を築きこれを鴎と命名したのは文化六年である。その詩集『上漁謡』に花時の雑沓を厭って次の如くに言ったものがある。花時上佳 〔花時 上佳し雖レ佳慵レ命レ駕 佳しと雖も駕を命ずる・・・ 永井荷風 「向嶋」
・・・生れた男の子は允男と命名された。「允男! 允男」「允子に取っては何よりも允男である。」やがて公荘の妻が病死し、允子は失職する。子供を抱えた生活が脅かされはじめ、允子は「結局女に残された一番万全な職業といったら細君業の外にはないのだろうか。こ・・・ 宮本百合子 「山本有三氏の境地」
・・・時に、時という命名を行ったのは人類です。 太古の祖先等は、出生と死――発生と更新の律動を大きな宇宙の波動と感じて生活していたに違いありません。今の私共のように外面的にこせこせと、一年二年など、数えあげていたのではないでしょう。生れ出た人・・・ 宮本百合子 「われを省みる」
出典:青空文庫