・・・ ~~~~~~~~~~~~~~~~~ 詩を書いていた時分に対する回想は、未練から哀傷となり、哀傷から自嘲となった。人の詩を読む興味もまったく失われた。眼を瞑ったようなつもりで生活というものの中へ深入りしていく気持は、時としてち・・・ 石川啄木 「弓町より」
・・・ が、風説は雲を攫むように漠然として取留めがなく、真相は終に永久に葬むられてしまったが、歓楽極まって哀傷生ず、この風説が欧化主義に対する危惧と反感とを長じて終に伊井内閣を危うするの蟻穴となった。二相はあたかも福原の栄華に驕る平家の如くに・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・また梅が散る春寒の昼過ぎ、摺硝子の障子を閉めきった座敷の中は黄昏のように薄暗く、老妓ばかりが寄集った一中節のさらいの会に、自分は光沢のない古びた音調に、ともすれば疲れがちなる哀傷を味った事もあった。 しかしまた自分の不幸なるコスモポリチ・・・ 永井荷風 「銀座」
・・・それから生ずる無限の哀傷が、即ち江戸音曲の真生命である。少くともそれは二十世紀の今日洋服を着て葉巻を吸いながら聞くわれわれの心に響くべき三味線の呟きである。さればこれを改良するというのも、あるいはこれを撲滅するというのも、いずれにしても滅び・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・チャンチャン坊主は、無限の哀傷の表象だった。 陸軍工兵一等卒、原田重吉は出征した。暗鬱な北国地方の、貧しい農家に生れて、教育もなく、奴隷のような環境に育った男は、軍隊において、彼の最大の名誉と自尊心とを培養された。軍律を厳守することでも・・・ 萩原朔太郎 「日清戦争異聞(原田重吉の夢)」
・・・転向文学という一時的な概括で云われたこれらの作品の特徴は、知識人としての作者たちが時代の中に経た生活と思想経験の歴史的な価値と意味とを我から抹殺して、一つの理想に対して脆く敗れた自身の懺悔と哀傷とを懺悔風に描いたところにある。日本の文化の歴・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
・・・ゴーリキイの全心を哀傷がかんだ。自分がどこへ行っても、誰にとっても必要のない存在であるという考えが、病的に彼を捕虜にした。夜、カバン河の岸に坐り、暗い水の中へ石を投げながら、三つの言葉で、それを無限に繰返しながら彼は思い沈んだ。「俺は、・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・ ゴーリキイの全心を哀傷がかんだ。夜、カバン河の岸に坐り、暗い水の中へ石を投げながら、三つの言葉で、それを無限に繰返しながら彼は思い沈んだ。「俺は、どうしたら、いいんだ?」 哀傷からゴーリキイはヴァイオリンを弾く稽古を思い立った・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの発展の特質」
・・・狭い狭い横丁と思っていたところが、広々と見通しの利く坂道になっている様などは、見る者に哀傷をそそらずにはいない。心に少し余裕のあった故か、帰京して数日の間、私は、大仕掛な物質の壊滅に伴う、一種異様な精神の空虚を堪え難く感じた。 今まで在・・・ 宮本百合子 「私の覚え書」
出典:青空文庫