・・・聞いて居る間に涙が出たが 後でYに話してきかそうとし、自分は終りまで一気に喋ることが出来なかった。 二十五日 十日ばかり経つがこの話から承けた感銘が消えぬ。心が心を撲つ力は「尤な理論」にだけはない。それを生きる、生きかた真情の総・・・ 宮本百合子 「一九二九年一月――二月」
・・・彼等としては、普通に国で女の子と喋る時のように喋っているつもりであろうけれども、その栄養のよい体の楽々とした吊皮への下りようや、何か云っては娘の顔を覗く工合が、周囲の疲労し空腹な男女の群の中にあって、どうしても、独得な雰囲気をなしているので・・・ 宮本百合子 「その源」
・・・丁度、英語を喋る国の女が、自分の良人を第三者に対して話す時には、ミスター・誰々と姓を呼ぶ、それと共通な心理なのだと抗議を申し込むでしょう。 言語、習俗が著しく異った場合、斯様な誤謬は起り易い。而して結果としては、双方が見出すべき大なり小・・・ 宮本百合子 「男女交際より家庭生活へ」
・・・ それから後は、彼に何か話す時今まで感じなかった様な用心深さと緊張が胸一杯になって、彼に「何でも喋る」と云う打ちまかせた態度から僅かながら遠のかせられた。 此の事を思う毎に若し私が十年立つ今まで、彼と一緒に、少なくとも折々は会いもし・・・ 宮本百合子 「追憶」
・・・そして、皆の、賑やかな、笑い、喋る姿を見ると、ふと自分の心に、先達っての名が浮んで来た。私は、幹事をしていた人に、「先達ってのお葉書ね、私、深田さんという方が、どなただか、まるで分らないからあのままにしてしまったけれど。どなた?」と訊い・・・ 宮本百合子 「追想」
・・・ 店の繁盛なことや、暮しのいいことなどを、しまいに唇の角から唾を飛ばせながら喋る番頭の傍について、在の者のしきたり通り太い毛繻子の洋傘をかついだ禰宜様は、小股にポクポクとついて行ったのである。 海老屋では、家事を万事とりしきってして・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・ 月の光がガラス戸の外一面に流れ、宵の口は薄ら寒かったが、今はみんな熱心に喋るもんで水が飲みたいぐらいになって来た。××さんが提議して大きな西瓜が切られた。かれこれもう一時過ぎているのに西瓜の盆をかこんで活溌に討論し、陽気に笑い「さ、そ・・・ 宮本百合子 「飛行機の下の村」
・・・重吉も晴々して喋るひろ子を見て、愉快になった。だが巣鴨を出ると、よってゆけるような友達の家は遠すぎたりして、行雄のところへ行き、自分の内面とかかわりようもない声と動きにみちた暮しの様を見ると、ひろ子は、せめてまだあの家がるうちに、という風に・・・ 宮本百合子 「風知草」
・・・最も露骨な云い方で唾をはきながら女について喋る仲間の中で、力があまってどこか無器用でさえある逞しい青年となっているゴーリキイは、女に対する優しい期待に燃えながら、淫売屋での娘達の悲惨を目撃した。到るところで、ゴーリキイは生活のつじつまの合わ・・・ 宮本百合子 「逝けるマクシム・ゴーリキイ」
・・・ 若い娘たちがその仲間と一緒に喋るとき、大人の目と耳でそれがたとえ幼稚でもおちゃっぴいでも、本人たちはそれぞれ一城の主で縦横にやっている。勤めている娘さんたちは、仲間うちでは大体それぞれの家庭のそれぞれの条件は一応そのひとたちの内に収め・・・ 宮本百合子 「若い娘の倫理」
出典:青空文庫