・・・爾来諸君はこの農場を貫通する川の沿岸に堀立小屋を営み、あらゆる艱難と戦って、この土地を開拓し、ついに今日のような美しい農作地を見るに至りました。もとより開墾の初期に草分けとしてはいった数人の人は、今は一人も残ってはいませんが、その後毎年はい・・・ 有島武郎 「小作人への告別」
・・・ もしも又、私が此処に指摘したような性急な結論乃至告白を口にし、筆にしながら、一方に於て自分の生活を改善するところの何等かの努力を営み――仮令ば、頽廃的という事を口に讃美しながら、自分の脳神経の不健康を患うて鼻の療治をし、夫婦関係が無意・・・ 石川啄木 「性急な思想」
・・・次々と来る小災害のふせぎ、人を弔い己れを悲しむ消極的営みは年として絶ゆることは無い。水害又水害。そうして遂に今度の大水害にこうして苦闘している。 二人が相擁して死を語った以後二十年、実に何の意義も無いではないか。苦しむのが人生であるとは・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・そうして、懇ろにおじいさんを葬って、みんなで法事を営みました。「ほんとうに、だれからでも慕われた、徳のあるおじいさんだった。」と、人々はうわさをいたしました。 また、二十年たち、三十年たちました。おじいさんの墓のそばに植えた桜の木は・・・ 小川未明 「犬と人と花」
・・・ 人間として生れて来た以上は、肉体に於ても、又精神に於ても各々其の経験を出来得る限り多く営みたいという事は誰しも常に思い希うところであり、又此れが生活として意義ある事であろうと思う。併し其の本能の満足を遂げつゝある間に、人間は自己の滅亡・・・ 小川未明 「絶望より生ずる文芸」
・・・ 私はなにか夫婦の営みの根強さというものをふと感じた。 汽車が来た。 男は窓口からからだを突きだして、「どないだ。石油の効目は……?」「はあ。どうも昨夜から、ひどい下痢をして困ってるんです」 ほんとうのことを言った。・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・何か日々の営みのなつかしさを想わせるような風情でした。私はふと濡れるような旅情を感ずると、にわかに生への執着が甦ってきました。そしてふと想いだした文子の顔は額がせまくて、鼻が少し上向いた、はれぼったい瞼の、何か醜い顔だった。キンキンした声も・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・そうした風景に私は何故惹きつけられるのか、はっきり説明出来ないのであるが、ただそこに何かしら哀れな日々の営みを感ずることはたしかである。はかなく哀れであるが、しかしその営みには何か根強いものがある。それを大阪の伝統だとはっきり断言することは・・・ 織田作之助 「大阪発見」
・・・ それより三世、即ち彼の祖父に至る間は相当の資産をもち、商を営み農を兼ね些かの不自由もなく安楽に世を渡って来たが、彼の父新助の代となるや、時勢の変遷に遭遇し、種々の業を営んだが、事ごとに志と違い、徐々に産を失うて、一男七子が相続いで生れ・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・結婚後の恋愛は蜜月や、スイートホームの時期をへて、次第に、真面目な地についた人生の営みのなかにはいってゆく。こうして夫婦愛が恋愛の健全な推移としてあらわれてくる。それは恋愛の冷却というべきものではなくして、自然の飽和と見るべきものだ。少なく・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
出典:青空文庫