・・・が、妙子は相変らず目蓋一つ動かさず、嘲笑うように答えるのです。「お前も死に時が近づいたな。おれの声がお前には人間の声に聞えるのか。おれの声は低くとも、天上に燃える炎の声だ。それがお前にはわからないのか。わからなければ、勝手にするが好い。・・・ 芥川竜之介 「アグニの神」
・・・――そうまた父の論理の矛盾を嘲笑う気もちもないではなかった。「お絹は今日は来ないのかい?」 賢造はすぐに気を変えて云った。「来るそうです。が、とにかく戸沢さんが来たら、電話をかけてくれって云っていました。」「お絹の所でも大変・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・ 修理はこれを聞くと、嘲笑うような眼で、宇左衛門を見た。そうして、二三度強く頭を振った。「いや人でなし奴に、切腹を申しつける廉はない。縛り首にせい。縛り首にじゃ。」 が、そう云いながら、どうしたのか、彼は、血の色のない頬へ、はら・・・ 芥川竜之介 「忠義」
・・・と、嵩にかかって云い放しました。すると婆はまた薄眼になって、厚い唇をもぐもぐ動かしながら、「なれどもの、男に身を果された女はどうじゃ。まいてよ、女に身を果された男はの、泣こうてや。吼えようてや。」と、嘲笑うような声で云うのです。おのれ、お敏・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・われ、遂にその面を見知らざりしかば、否と答えけるに、その人、忽ち嘲笑うが如き声にて、「われは悪魔「るしへる」なり」と云う。われ、大に驚きて云いけるは、「如何ぞ、「るしへる」なる事あらん。見れば、容体も人に異らず。蝙蝠の翼、山羊の蹄、蛇の鱗は・・・ 芥川竜之介 「るしへる」
・・・ 氏子は呆れもしない顔して、これは買いもせず、貰いもしないで、隣の木の実に小遣を出して、枝を蔓を提げるのを、じろじろと流眄して、世に伯楽なし矣、とソレ青天井を向いて、えへらえへらと嘲笑う…… その笑が、日南に居て、蜘蛛の巣の影になる・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・ちふりうちふりてなぎたおされんものをあさりつつ死は音もなく歩み頭蓋の縫目より呪文をとなえ底なき瞳は世のすべてをすかし見て生あるものやがては我手に落ち来るを知りて 嘲笑う――重き夜の深き眠りややさ・・・ 宮本百合子 「片すみにかがむ死の影」
・・・ 戦争と云うものが事実今日に於て在るのだから、無く仕ようとするのは夢想に過ぎないと云って、平和論者を嘲笑う人は、私の此等の言葉を聞いて、其見ろ、お前だって矢張り、自分が如何那に日本人だか今始めて解っただろう、どうだ! と云うかも知れない・・・ 宮本百合子 「無題」
・・・ 千世子のどうしようもないかんしゃくを、嘲笑う様にあさぎのかみはヘラヘラヘラとひるがえってペッタリとはりつくかと思うと、パカンと口をあいて千世子の心をいじめぬいたあげくだらんと下ってそのまんま死んだ様に動かなくなった。 私はそれを目・・・ 宮本百合子 「芽生」
出典:青空文庫