・・・ちょっと余人では真似の出来ない神経なのだ。図太いというのもちょっと違う。つまりは、一種気が小さい方かも知れない。ともかく、滑稽だった。勿論おれはそんな請求には応じなかった。黙って放って置くと、それきりお前はうんともすんとも言って来なかった。・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・間抜けた強盗か、図太い強盗かと思いながら、ガラリと戸をあけると、素足に八つ割草履をはいた男がぶるぶる顫えながらちょぼんと立ってうなだれていた。ひょいと覗くと、右の眼尻がひどく下った文楽のツメ人形のような顔――見覚えがあった。「横堀じゃな・・・ 織田作之助 「世相」
・・・公然と出入りしようという図太い肚で来たのか、それとも本当に一言謝るつもりで来たのか、それは伊助の妾だった。 登勢はえくぼを見せて、それはそれは、わがまま者の伊助がいつもご厄介どした、よその人とちごて世話の掛る病いのある人どすさかいに、あ・・・ 織田作之助 「螢」
・・・ しかし一通りの山賊でない、図太い山賊で、かの字港まで十人が勝手次第にしゃべって、随分やかましかった。僕は一人、仲間外れにされて黙って、みんなの後からみんなのしゃべるのを聞きながら歩いた。 大概は猟の話であった。そしておもに手柄話か・・・ 国木田独歩 「鹿狩り」
・・・いや、精神などというと立派に聞えるが、とにかくそうとう図太い根性である。もうこうなったうえは、どうにかしてあいつの正体らしいものをつきとめてやらなければ安心ができないと考えたのだ。 五月がすぎて、六月になっても、やはり青扇からはなんの挨・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・ 無才、醜貌の確然たる自覚こそ、むっと図太い男を創る。たまもの也。十二日。 試案下書。一、昭和十一年十月十三日より、ひとつき間、東京市板橋区M脳病院に在院。パヴィナアル中毒全治。以後は、一、十一年十一月より十二年六月・・・ 太宰治 「HUMAN LOST」
・・・さて、とスワンソン張りにポーズし、眼瞬きの合図をし、シュラッギングをし、さも図太い女賊らしくテーブルに飛びのって一同をさしまねく。――そのうつり変りの間に、何とも云えず愛嬌があった。可愛ゆさに似たものがこぼれる。 段々監督が箍をゆるめ、・・・ 宮本百合子 「茶色っぽい町」
出典:青空文庫