・・・二人は喰い終ってから幾度も固唾を飲んだが火種のない所では南瓜を煮る事も出来なかった。赤坊は泣きづかれに疲れてほっぽり出されたままに何時の間にか寝入っていた。 居鎮まって見ると隙間もる風は刃のように鋭く切り込んで来ていた。二人は申合せたよ・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・茶店の娘とその父は、感に堪えた観客のごとく、呼吸を殺して固唾を飲んだ。 ……「ああ、お有難や、お有難い。トンと苦悩を忘れました。お有難い。」と三味線包、がっくりと抜衣紋。で、両掌を仰向け、低く紫玉の雪の爪先を頂く真似して、「かように穢い・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・花代は一時間十銭で、特別の祝儀を五銭か十銭はずむルンペンもあり、そんな時彼女はその男を相手に脛もあらわにはっと固唾をのむような嬌態を見せるのだが、しかし肉は売らない。最下等の芸者だが、最上等の芸者よりも清いのである。もっとも情夫は何人もいる・・・ 織田作之助 「世相」
・・・それは火のついたようなあの赤児の泣声に似て、はっと固唾をのむばかりの真剣さだったから、登勢は一途にいじらしく、難を伏見の薩摩屋敷にのがれた坂本がやがてお良を娶って長崎へ下る時、あんたはんもしこの娘を不仕合せにおしやしたらあてが怖おっせと、つ・・・ 織田作之助 「螢」
・・・しかし、むっちり肉のついた肩や、盛り上った胸のふくらみや、そこからなだらかに下へ流れて、一たん窪み、やがて円くくねくねと腰の方へ廻って行く悩ましい曲線は、彼女がもう成熟し切った娘であることを、はっと固唾を飲むくらいありありと示していた。・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・ 翌日から安子は折井と一緒に浅草を歩き廻り、黒姫団の団員にも紹介されて、悪の世界へ足を踏み入れると、安子のおきゃんな気っぷと美貌は男の団員たちがはっと固唾を飲むくらい凄く、団員は姐御とよんだ。気位の高い安子はけちくさい脅迫や、しみったれ・・・ 織田作之助 「妖婦」
・・・上陸が出来るか出来んかと皆固唾を呑んで待って居たがこの日は上陸が出来ずに暮れてしもうた。翌日の十時頃に上陸の事にきまったので一同は愁眉を開いた。殊に荷物を皆持って上れという命令があったので多分放免になるのであろうと勇みに勇んで上陸した。湯に・・・ 正岡子規 「病」
・・・その一人が教室に戻って来るまで授業ははじめられず、みんな着席したまま固唾をのんで待っていた。やがて涙も一緒に水道の水でごしごしこすった顔を因幡の兎のように赤むけに光らして、しんから切なさそうにそのひとが席へ帰って来たとき、三十二人の全級はど・・・ 宮本百合子 「歳月」
出典:青空文庫