・・・が、土曜から日曜へかけては必ず僕の母の家へ――本所の芥川家へ泊りに行った。「初ちゃん」はこう云う外出の時にはまだ明治二十年代でも今めかしい洋服を着ていたのであろう。僕は小学校へ通っていた頃、「初ちゃん」の着物の端巾を貰い、ゴム人形に着せたの・・・ 芥川竜之介 「点鬼簿」
・・・僕は学校へ行ったて千葉だもの、盆正月の外にも来ようと思えば土曜の晩かけて日曜に来られるさ……」「ほんとに済みません。泣面などして。あの常さんて男、何といういやな人でしょう」 民子は襷掛け僕はシャツに肩を脱いで一心に採って三時間ばかり・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・かくて二人は一山の落ち葉燃え尽くるまで、つきぬ心を語りて黎明近くなりて西の空遠く帰りぬ。その次の夜もまた詩人は積みし落ち葉の一つを燃かしむれば、男星女星もまた空より下りて昨夜のごとく語りき。かくて土曜の夜まで、夜々詩人の庭より煙たち、夜ふく・・・ 国木田独歩 「星」
・・・彼は汽車の時間をきめ、停車場で待つことにして帰った。土曜日彼はさしあたり必要のない冬服を質屋に持ってゆき、本を売った。それで金の方は間に合った。次の日停車場へ行った。天気なので、どこかへ出かける人でいっぱいだった。龍介は落ちつかない気持で待・・・ 小林多喜二 「雪の夜」
・・・と原はいぶかしそうに、「明日は君、土曜――会社があるじゃないか」「ナニ、一日位休むサ」「そんなことをしても可いんですか、会社の方は」「構わないよ」「じゃあ、そうしようかね。明日は御邪魔になりに伺うとしよう。久し振で僕も出て来・・・ 島崎藤村 「並木」
・・・沢田先生は、土曜日毎にお見えになり、私の勉強室でひそひそ、なんとも馬鹿らしい事ばかりおっしゃるので、私は、いやでなりませんでした。文章というものは、第一に、てにをはの使用を確実にしなければならぬ、等と当り前の事を、一大事のように繰り返し繰り・・・ 太宰治 「千代女」
・・・谷中へ移ってからも土曜ごとにはほとんど欠かさず銀座へ泊まりに行った。当時、昔の鉄道馬車はもう電車になっていたような気がするが、「れんが」地域の雰囲気は四年前とあまり変わりはなかったようである。ただ中学生の自分が角帽をかぶり、少年のSちゃんが・・・ 寺田寅彦 「銀座アルプス」
・・・ 十月二十九日、土曜。王子電車で小台の渡しまで行った。名前だけで想像していたこの渡し場は武蔵野の尾花の末を流れる川の岸のさびしい物哀れな小駅であったが、来て見るとまず大きな料理屋兼旅館が並んでいる間にペンキ塗りの安西洋料理屋があった・・・ 寺田寅彦 「写生紀行」
・・・ 土曜といわず日曜といわず学校の帰り掛けに書物の包を抱えたまま舟へ飛乗ってしまうのでわれわれは蔵前の水門、本所の百本杭、代地の料理屋の桟橋、橋場の別荘の石垣、あるいはまた小松島、鐘ヶ淵、綾瀬川なぞの蘆の茂りの蔭に舟をつないで、代数や幾何・・・ 永井荷風 「夏の町」
・・・「御勉強で御忙しいでしょうが今度の土曜ぐらいは御閑でいらっしゃいましょう」とだんだん切り込んでくる、余が「しかし……」の後には必ずしも多忙が来ると限っておらない、自分ながら何のための「しかし」だかまだ判然せざるうちにこう先を越されてはいよい・・・ 夏目漱石 「自転車日記」
出典:青空文庫