・・・おれは、地べたに落ちた柿なんか、食いたくねえのだ。」 青年は陰鬱に堪えかねた。 ☆ さちよは、ふたたび汽車に乗った。須々木乙彦のことが新聞に出て、さちよもその情婦として写真まで掲載され、とうとう故郷の伯父・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・すると、地べたにすわっていた親猿が心得顔に手を出して、手のひらを広げたままで吸いがらを地面にこすりつけて器用にその火をもみ消してしまった。そうしてその燃えがらをつまみ上げ、子細らしい手つきで巻き紙を引きやぶって中味の煙草を引き出したと思うと・・・ 寺田寅彦 「あひると猿」
・・・の意味があるからやはり地べたにころがしっこをするのであったかもしれない。そうして相撲の結果として足をくじいてびっこを引くこともあったらしい。それから、これは全く偶然ではあろうが、この同じヘブライ語が「撲」の漢音「ボク」に通ずるのが妙である。・・・ 寺田寅彦 「相撲」
・・・黒白斑らの、仔馬ほどもあるのが、地べたへなげだした二本の前脚に大きな頭をのっつけ、ながい舌をだしたまま眠っている。――「今日は、こんにゃく屋でございます……」 私はそう言いたいのだが、うまく声が出ない。こいつが眼をさましたらどうしよ・・・ 徳永直 「こんにゃく売り」
・・・黙って、何も言わず、無言に地べたに坐りこんで……。それからまた、ずっと長い時間がたった……。目が醒めた時、重吉はまだベンチにいた。そして朦朧とした頭脳の中で、過去の記憶を探そうとし、一生懸命に努めて見た。だが老いて既に耄碌し、その上酒精中毒・・・ 萩原朔太郎 「日清戦争異聞(原田重吉の夢)」
・・・殊に既往一ヶ月余り、地べたの上へ黍稈を敷いて寐たり、石の上、板の上へ毛布一枚で寐たりという境涯であった者が、俄に、蒲団や藁蒲団の二、三枚も重ねた寐台の上に寐た時は、まるで極楽へ来たような心持で、これなら死んでも善いと思うた。しかし入院後一日・・・ 正岡子規 「病」
・・・ ある晩、象は象小屋で、ふらふら倒れて地べたに座り、藁もたべずに、十一日の月を見て、「もう、さようなら、サンタマリア。」と斯う言った。「おや、何だって? さよならだ?」月が俄かに象に訊く。「ええ、さよならです。サンタマリア。・・・ 宮沢賢治 「オツベルと象」
つめたいいじの悪い雲が、地べたにすれすれに垂れましたので、野はらは雪のあかりだか、日のあかりだか判らないようになりました。 烏の義勇艦隊は、その雲に圧しつけられて、しかたなくちょっとの間、亜鉛の板をひろげたような雪の田・・・ 宮沢賢治 「烏の北斗七星」
・・・さぎというものは、みんな天の川の砂が凝って、ぼおっとできるもんですからね、そして始終川へ帰りますからね、川原で待っていて、鷺がみんな、脚をこういう風にして下りてくるとこを、そいつが地べたへつくかつかないうちに、ぴたっと押えちまうんです。する・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・と下で声がしますので見ると小猿共がもうちりぢりに四方に別れて林のへりにならんで草原をかこみ、楢夫の地べたに落ちて来るのを見ようとしているのです。 楢夫はもう覚悟をきめて、向うの川を、もう一ぺん見ました。その辺に楢夫の家があるのです。そし・・・ 宮沢賢治 「さるのこしかけ」
出典:青空文庫