・・・「三浦の親は何でも下谷あたりの大地主で、彼が仏蘭西へ渡ると同時に、二人とも前後して歿くなったとか云う事でしたから、その一人息子だった彼は、当時もう相当な資産家になっていたのでしょう。私が知ってからの彼の生活は、ほんの御役目だけ第×銀行へ・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・おれがあの時吹き出さなかったのは、我立つ杣の地主権現、日吉の御冥護に違いない。が、おれは莫迦莫迦しかったから、ここには福原の獄もない、平相国入道浄海もいない、難有い難有いとこう云うた。」「そんな事をおっしゃっては、いくら少将でも御腹立ち・・・ 芥川竜之介 「俊寛」
・・・「そんならある意味で小作人をあざむいて利益を壟断している地主というものはあれはどの階級に属するのでしょう」「こう言えばああ言うそのお前の癖は悪い癖だぞ。物はもっと考えてから言うがいい。土地を貸し付けてその地代を取るのが何がいつわりだ・・・ 有島武郎 「親子」
・・・折入って頼むといったのは小作一同の地主に対する苦情に就いてであった。一反歩二円二十銭の畑代はこの地方にない高相場であるのに、どんな凶年でも割引をしないために、小作は一人として借金をしていないものはない。金では取れないと見ると帳場は立毛の中に・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・「なんでも働いて、この村の地主さまのように金持ちにならなければだめだ。」と、主人は頭を振りながら、妻をはげますようにいいました。 妻も、そうだと思いました。そして、それよりほかのことをば、考えませんでした。春になると、緑色の空はかす・・・ 小川未明 「ちょうと三つの石」
・・・それは大阪の市が南へ南へ伸びて行こうとして十何年か前までは草深い田舎であった土地をどんどん住宅や学校、病院などの地帯にしてしまい、その間へはまた多くはそこの地元の百姓であった地主たちの建てた小さな長屋がたくさんできて、野原の名残りが年ごとに・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
・・・然し事実全くそうで、黒田という地主の娘玉子嬢、容貌は梅子と比べると余程落ちるが、県の女学校を卒業してちょうど帰郷ったばかりのところを、友人某の奔走で遂に大津と結婚することに決定たのである。妙なものでこう決定ると、サアこれからは長谷川と高山の・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
・・・以前一町ほどの小作をしていたが、それはやめて、田は地主へ返えしてしまった。そして、親譲りの二反歩ほどの畠に、妻が一人で野菜物や麦を作っていた。「俺らあ、嚊がまた子供を産んで寝よるし、暇を出されちゃ、困るんじゃがのう。」彼は悄げて哀願的に・・・ 黒島伝治 「砂糖泥棒」
・・・祖父は商売気があって、いろ/\なことに手を出して儲けようとしたらしいが、勿論、地主などに成れっこはなかった。 親爺は、十三歳の時から一人前に働いて、一生を働き通して来た。学問もなければ、頭もない。が、それでも、百姓の生活が現在のまゝでは・・・ 黒島伝治 「小豆島」
・・・そして却って、地主で立候補した者に買収されたりするのである。 政治狂 一村には、一人か二人、必ず政治狂がいる。彼等は、政友会か、民政党か、その何れかを──している。平常でも政治の話をやりだすと、飯もほしくないくらいだ。浜・・・ 黒島伝治 「選挙漫談」
出典:青空文庫