・・・平田森三君が熱したガラス板をその一方の縁から徐々に垂直に水中へ沈めて行くとこれによく似た模様が現われると言っている。写真乾板の感光膜をガラスからはがすために特殊の薬液に浸すと膜が伸張して著しいしわができるのであるが、そのしわが場合によっては・・・ 寺田寅彦 「物理学圏外の物理的現象」
・・・例えば「落体がある場所で九・八メートル/秒秒の加速度をもって垂直に落下する」というのでも、実は地球の重力のみ働き空気の抵抗や電気磁気などの作用がないとした場合の事である。しかるに実際物体を落す場合に完全な真空で完全に他の力を除外して実験する・・・ 寺田寅彦 「物理学実験の教授について」
・・・彼の頭の上につられて居る強力な電燈が凍った雪の上に、垂直に彼の影を、きたない、大きな皮外套の裾の下に落した。 ○夜八時 ストローヤを出たら、煙が街にあるようで、段々それが濃くなった。霧。 四日 橇の馬の体・・・ 宮本百合子 「一九二七年八月より」
・・・ところが縦に垂直線を引くと、恐るべき結果が生じた。窓がすっかり壁の中仕切のところへ飛び込んでしまったばかりか、明り窓は煙突の上にのっかってしまっている。ゴーリキイは、その時の困惑をまざまざと回想しながら書いている。「私は、長い間泣き面をして・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・猫のやっとしがみついて居るところから河岸の土までは高くて垂直だった。 ピカデリー広場でイルミネーションがちらつく時刻である。郊外からロンドン市へ向う街道という街道の上を自動車があらゆる型を並べて疾走した。そして月曜日の夕刊新聞は左の・・・ 宮本百合子 「ロンドン一九二九年」
・・・見ていると、大空から急降下爆撃で垂直に下って来た新飛行機は、栖方の眼前で、空中分解をし、ずぼりと海中へ突き込んだそのまま、尽く死んでしまった。 また別の話で、ラバァウルへ行く飛行中、操縦席からサンドウィッチを差し出してくれたときのこと、・・・ 横光利一 「微笑」
・・・左右から内側へ曲げられた女の姿勢と、窓や羽目板の垂直の線と、浴槽の水平線と、――それで画が小気味よく統一せられている。さらに湯槽や、女の髪や、手や、口や、目や、乳首や、窓外の景色などに用いられた濃い色が色彩の単調を破るとともに、全体を引きし・・・ 和辻哲郎 「院展遠望」
・・・肢体を包んで静かに垂直に垂れた衣。そうして柔らかな、無限の慈悲を湛えているようなその顔。――そこにはいのちの美しさが、波の立たない底知れぬ深淵のように、静かに凝止している。それは表に現われた優しさの底に隠れる無限の力強さである。人間のあらゆ・・・ 和辻哲郎 「偶像崇拝の心理」
出典:青空文庫