・・・つい私が眠ってしまったものだから、――堪忍して頂戴よ」「計略が露顕したのは、あなたのせいじゃありませんよ。あなたは私と約束した通り、アグニの神の憑った真似をやり了せたじゃありませんか?――そんなことはどうでも好いことです。さあ、早く御逃・・・ 芥川竜之介 「アグニの神」
・・・翌日からかれこれ三日ばかりは、ずっと高い熱が続いて、「あなた、堪忍して下さい。」だの、「何故帰っていらっしゃらないんです。」だの、何か夫と話しているらしい譫言ばかり云っていた。が、鎌倉行きの祟りはそればかりではない。風邪がすっかり癒った後で・・・ 芥川竜之介 「妙な話」
・・・ 見返りたまい、「三人を堪忍してやりゃ。」「あ、あ、あ、姫君。踊って喧嘩はなりませぬ。うう、うふふ、蛇も踊るや。――藪の穴から狐も覗いて――あはは、石投魚も、ぬさりと立った。」 わっと、けたたましく絶叫して、石段の麓を、右往・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・夫人、どうぞ、御堪忍あそばして」と優しき腰元はおろおろ声。 夫人の面は蒼然として、「どうしても肯きませんか。それじゃ全快っても死んでしまいます。いいからこのままで手術をなさいと申すのに」 と真白く細き手を動かし、かろうじて衣紋を・・・ 泉鏡花 「外科室」
・・・ 涙が、その松葉に玉を添えて、「旦那さん――堪忍して……あの道々、あなたがお幼い時のお話もうかがいます。――真のあなたのお頼みですのに、どうぞしてと思っても、一つだって見つかりません……嘘と知っていて、そんな茸をあげました。余り欲し・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・ ――消さないかい―― ――堪忍して―― 是非と言えば、さめざめと、名の白露が姿を散らして消えるばかりに泣きますが。推量して下さいまし、愛想尽しと思うがままよ、鬼だか蛇だか知らない男と一つ処……せめて、神仏の前で輝いた、あの、光・・・ 泉鏡花 「菎蒻本」
・・・ 摩耶さんは一所に居ておくれだし、私はまた摩耶さんと一所に居りゃ、母様のこと、どうにか堪忍が出来るのだから、もう何もかもうっちゃっちまったんさ。 お前、私にだって、理窟は分りやしない。摩耶さんも一所に居りゃ、何にも食べたくも何ともな・・・ 泉鏡花 「清心庵」
・・・ お米はただ切なそうに、ああああというばかりであったが、急にまた堪え得ぬばかり、「堪忍よう、あれ、」と叫んだ。「堪忍をするから謝罪れの。どこをどう狂い廻っても、私が目から隠れる穴はないぞの。無くなった金子は今日出たが、汝が罪は消・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・折角お着き申していながら、どうしたら可いでしょう、堪忍なさいよ。」 菊の露「もうもう思入ここで泣いて、ミリヤアドの前じゃ、かなしい顔をしちゃいけません。そっとしておいてあげないと、お医師が見えて、私が立廻ってさえ、早・・・ 泉鏡花 「誓之巻」
・・・民子は母の枕元近くへいって、どうか私が悪かったのですから堪忍して……と両手をついてあやまった。そうすると母はまたそう何も他人らしく改まってあやまらなくともだと叱ったそうで、民子はたまらなくなってワッと泣き伏した。そのまま民子が泣きやんでしま・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
出典:青空文庫