・・・私共三人は、墓場の石に腰掛けて、話した事なぞを覚えている。北村君の書いたものは、論文と云っても皆な自分の生活に交渉の深い、一種の創作であった。殊にサイコロジカルな処が、外の人達と違った特色であると思う。『鬼心非鬼心』という文章は、寺の借住居・・・ 島崎藤村 「北村透谷の短き一生」
・・・ でおかあさまは子どもを連れてそれに乗りました。船はすぐ方向をかえて、そこをはなれてしまいました。 墓場のそばを帆走って行く時、すべての鐘は鳴りましたが、それはすこしも悲しげにはひびきませんでした。 船がだんだん遠ざかってフョー・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
・・・ そのひとは、それに答えず、「墓場の無い人って、哀しいわね。あたし、痩せたわ。」「どんな言葉がいいのかしら。お好きな言葉をなんでも言ってあげるよ。」「別れる、と言って。」「別れて、また逢うの?」「あの世で。」 と・・・ 太宰治 「フォスフォレッスセンス」
私は戦場から帰って、まもなくO君を田舎の町の寺に訪ねた。その時、墓場を通りぬけようとして、ふと見ると、新しい墓標に、『小林秀三之墓』という字の書いてあるのが眼についた。新仏らしく、花などがいっぱいにそこに供えてあった。・・・ 田山花袋 「『田舎教師』について」
・・・咲く花に人の集まる処を廻ったり殊更に淋しい墓場などを尋ね歩いたりする。黒田はこれを「浮世の匂」をかいで歩くのだと言っていた。一緒に歩いていると、見る物聞く物黒田が例の奇警な観察を下すのでつまらぬ物が生きて来る。途上の人は大きな小説中の人物に・・・ 寺田寅彦 「イタリア人」
・・・次に墓場が出る。墓穴のそばに突きさした鋤の柄にからすが止まると墓掘りが憎さげにそれを追う。そこへ僧侶に連れられてたった三人のさびしい葬式の一行が来る。このところにあまり新しくはないがちょっとした俳句の趣がある。 アンナ・ステンのナナが酒・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・その墓場からはやはりいろいろの草花が咲き出ている。 宣伝される事がらがかりに「悪い事」や「無理な事」や「危険な事」であったとしたら、その場合には結果はたいして恐るべきものではあるまいと思う。なぜと言えば、そういう宣伝は無制限に波及する気・・・ 寺田寅彦 「神田を散歩して」
・・・道ばたにところどころ土饅頭があって、そのそばに煉瓦を三尺ぐらいの高さに長方形に積んだ低い家のような形をしたものがある。墓場だと小僧が言う。 測候所では二時に来いというからそれまで近所を見てあるく。向こう側にジェスウィトの寺院がある。僧院・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・線香と花估るゝ事しきりに小僧幾度か箒引きずって墓場を出つ入りつ。木魚の音のポン/\たるを後に聞き朴歯の木履カラつかせて出で立つ。近辺の寺々いずこも参詣人多く花屋の店頭黄なる赤き菊蝦夷菊堆し。とある杉垣の内を覗けば立ち並ぶ墓碑苔黒き中にまだ生・・・ 寺田寅彦 「半日ある記」
・・・周囲のおおぜいの乗客はたった今墓場から出て来たような表情であるのに、この二人だけは実に生き生きとしてさも愉快そうに応答している。それが夫婦でもなくもちろん情人でもなく、きわめて平凡なるビジネスだけの関係らしく見えていて、そうしてそれがアメリ・・・ 寺田寅彦 「LIBER STUDIORUM」
出典:青空文庫