・・・「――なぜ、こんな本が売れるのでしょう?」 と、出版屋も不思議がったくらいだが、不思議でもなんでもない。お前が買うから売れたのだ。出る尻から本が無くなるので、出版屋は首をひねりながら、ともかく増刷していたのだ。増刷の本が出ると、また・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・「五十銭やすく売れば羽根が生えて売れるよ。四円五十銭としても、四万五千円だからな」「市電の回数券とは巧いこと考えよったな。僕は京都へ行って、手当り次第に古本を買い占めようと思ったんだよ。旧券で買い占めて置いて、新券になったら、読みも・・・ 織田作之助 「郷愁」
・・・坪五円にゃ、安いとて売れるせに、やっぱし、二束三文で、買えるだけ買うといて、うまいことをやった。やっぱし買えるだけ買うといてよかった。今度は、だいぶ儲かるぞ。」九 青い大麦や、小麦や、裸麦が、村一面にすく/\とのびていた。帰・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
・・・菅沼というにかかる頃、暑さ堪えがたければ、鍛冶する片手わざに菓子などならべて売れる家あるを見て立寄りて憩う。湯をと乞うに、主人の妻、少時待ちたまえ、今沸かしてまいらすべしとて真黒なる鉄瓶に水を汲み入るれば、心長き事かなと呆れて打まもるに、そ・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・おれの身体でも売れるといいんだが、野郎と来ちゃあ政府へでも売りつけるより仕様がねえ、ところでおれ様と来ちゃあ政府でも買い切れめえじゃあねえか。川岸女郎になる気で台湾へ行くのアいいけれど、前借で若干銭か取れるというような洒落た訳にゃあ行かずヨ・・・ 幸田露伴 「貧乏」
・・・其売れる売れないとは毫も文士として先生の偉大を損するに足らぬのである。 幸徳秋水 「文士としての兆民先生」
・・・私、二十五歳より小説かいて、三十歳で売れるようになって、それから、家の財産すこしわけてもらって、それから田舎の約束している近眼のひとと結婚します。さきに男の児、それから女の児、それから男、男、男、女。という順序で子供をつくり、四男が風邪のこ・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・ 父親は炭でも蕈でもそれがいい値で売れると、きまって酒くさいいきをしてかえった。たまにはスワへも鏡のついた紙の財布やなにかを買って来て呉れた。 凩のために朝から山があれて小屋のかけむしろがにぶくゆすられていた日であった。父親は早暁か・・・ 太宰治 「魚服記」
・・・やがて彼は、そのまちでいちばん大きい本屋にはいって、鶴が売れるかと、小僧に聞いた。小僧は、まだ一部も売れんです、とぶあいそに答えた。小僧は彼こそ著者であることを知らぬらしかった。彼はしょげずに、いやこれから売れると思うよ、となにげなさそうに・・・ 太宰治 「猿面冠者」
・・・ もしこんな電気屋が栄え、こんな呼び鈴がよく売れるとすると、その責任の半分ぐらいは、あまりにおとなしくあきらめのいい使用者の側にもありはしまいか。 呼び鈴に限らず多くの日本製の理化学的器械についてよく似た事に幾度出会ったかわからない・・・ 寺田寅彦 「断水の日」
出典:青空文庫