・・・思うに、はじめから、それ程の価値のない品物であるか、さもなければ、品物に価値のあるにかゝわらず、売手の足許を見て、安く価切るか何れかでなければならぬ。いずれにしても、彼等が不当の利得を得つゝあることが分るのでした。 私達は実生活の上に於・・・ 小川未明 「貧乏線に終始して」
・・・ 二十年前に見た時に感心したのは売り手のじいさんの団扇の使い方の巧妙なことであった。団扇の微妙な動かし方一つでおどけた四角の紙の獅子が、ありとあらゆる、「いわゆる獅子」の姿態をして見せる。つくづく見ていると、この紙片に魂がはいって、ほん・・・ 寺田寅彦 「錯覚数題」
・・・ この蒲の穂を二三十本ぐらい一束ねにしたのをそっくりそのままにA君が買おうとして価を聞くと、売り手のおかみさんが少し困ったような顔をした。「みなさん、たいてい二本ずつお買いになりますが」という。すると、他の客を相手にしていた亭主が聞きつ・・・ 寺田寅彦 「試験管」
・・・ 降誕祭前一週間ほど、市役所前の広場に歳の市が立って、安物のおもちゃや駄菓子などの露店が並びましたが、いつ行って見ても不景気でお客さんはあまり無いようでした。売り手のじいさんやばあさんも長い煙管を吹かしたり編み物をしているのでありました・・・ 寺田寅彦 「先生への通信」
・・・そういう風な売手と買手のいきさつのなかには、私達を深く感動させるものがあります。一ルイでセザンヌの林檎ならばこそ三つ買って、ホクホクして帰る小さいパリーの勤人、屋根裏の住人の心持を考えると、セザンヌが何を力にあの困難も堪えたかということもわ・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・彼女は矢張り下手な売り手であった。そして、下手さは、清げなおかッぱや、或る品のあるきりっとした容貌と決して不釣合ではない! 私は、却って彼女のそのぎごちない、少女らしいぷりぷりした処に愛を感じた。若し、思い設けなかった愛嬌で媚び笑いながら、・・・ 宮本百合子 「粗末な花束」
・・・牝牛を買いたく思う百姓は去って見たり来て見たり、容易に決心する事ができないで、絶えず欺されはしないかと惑いつ懼れつ、売り手の目ばかりながめてはそいつのごまかしと家畜のいかさまとを見いだそうとしている。 農婦はその足もとに大きな手籠を置き・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
出典:青空文庫