・・・今日いいかと思うと、明朝はまた変わるといったふうだから、東京へ帰って、また来るようなことになっても困る」 そのころ病人は少し落ち著いたところで、多勢の人たちによって山から降ろされて、自分の家の茶室に臥ていた。兄はしばらくぶりで、汽車の窓・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・ 昭和七年の夏よりこの方、世のありさまの変るにつれて、鐘の声もまたわたくしには明治の世にはおぼえた事のない響を伝えるようになった。それは忍辱と諦悟の道を説く静なささやきである。 西行も、芭蕉も、ピエール・ロチも、ラフカヂオ・ハアンも・・・ 永井荷風 「鐘の声」
・・・続いて入るはアグラヴェン、逞ましき腕の、寛き袖を洩れて、赭き頸の、かたく衣の襟に括られて、色さえ変るほど肉づける男である。二人の後には物色する遑なきに、どやどやと、我勝ちに乱れ入りて、モードレッドを一人前に、ずらりと並ぶ、数は凡てにて十二人・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・ ただし親子の道は、生涯も死後も変るべきにあらざれば、子は孝行をつくし、親は慈愛を失うべからず。前にいえる棄てて顧みずとは、父子の間柄にても、その独立自由を妨げざるの趣意のみ。西洋書の内に、子生れてすでに成人に及ぶの後は、父母たる者は子・・・ 福沢諭吉 「中津留別の書」
・・・理屈ならぬ主観的歌想は多く実地より出でたるものにして、古人も今人もさまで感情の変るべきにあらぬに、まして短歌のごとく短くして、複雑なる主観的歌想を現すあたわず、ただ簡単なる想をのみ主とするものは、観察の精細ならざりし古代も観察の精細に赴きし・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・一日ごとに桃いろのカードも緑のカードもだんだんつぶされて、泥沼に変わるのでした。馬はたびたびぴしゃっと泥水をはねあげて、みんなの顔へ打ちつけました。一つの沼ばたけがすめばすぐ次の沼ばたけへはいるのでした。一日がとても長くて、しまいには歩いて・・・ 宮沢賢治 「グスコーブドリの伝記」
・・・私の前にどんな尊いものがあってもどんなに立派な人が居ても――私はお前の心から侍えて居るダイアナに誓っても――アアそれはいけなかった、月は一晩毎に変るからいつでも同じ太陽に誓ってお前を愛して居るのだよ、どうぞ何とか云って御呉れ。 ほんとう・・・ 宮本百合子 「葦笛(一幕)」
・・・ただ口実だけが国により時代によって変る。危険なる洋書もその口実に過ぎないのであった。 * * * マラバア・ヒルの沈黙の塔の上で、鴉のうたげが酣である。・・・ 森鴎外 「沈黙の塔」
・・・ もしわれわれが、唯心唯物のいずれかを撰ぶことによって、世界の見方が変るとすれば、われわれの文学的活動に於ける、此の二つの変った見方のいずれが、より新しき文学作品を作るであろうか。 それは少くとも唯物論もしくは唯物論的立場で・・・ 横光利一 「新感覚派とコンミニズム文学」
・・・ そういう漱石が、毎週自分のところに集まってくる十人ぐらいの若い連中――それは毎週少しずつ顔ぶれが変わるのであるから、全体としては数十人あったであろうが――そういう連中の敬愛にこたえ、それぞれに暖かい感じを与えていたということは、並み並・・・ 和辻哲郎 「漱石の人物」
出典:青空文庫