・・・ 私はそういう変形した鋏穴の「標本」を電気局で蒐集して、何かの機会に車掌達の参考に見せるのもいいかもしれないと思う。何なら虫眼鏡で一遍ずつ覗かせるのもいいかもしれない。ついでにもう一歩を進めるならば、電車の切符について起り得る錯誤のあら・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・ なお面白いのは一つ一つの煙の団塊の変形である。これがみな複雑な渦動の団塊であって、六かしい運動を続けながら、だんだんに拡散して行くのである。昨年九月一日被服廠跡で起った火焔の渦巻を支配したと同じ方則がここにも支配しているのだろうと思っ・・・ 寺田寅彦 「雑記(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・紫色の服を着た女はやはり同じ写真の中に現われた黒い式服の中年婦人の変形であるとしたところで、瀬戸物を踏み砕く一条だけは説明困難である。あるいは葬式や嫁入りの門先に皿鉢を砕く、あの習俗がこんな妙な形に歪曲されて出現したのかもしれない。 島・・・ 寺田寅彦 「三斜晶系」
・・・ 岩石に関してはまだ皺襞や裂罅の週期性が重要な問題になるが、これはまた岩石に限らず広く一般に固体の変形に関する多種多様な問題と連関して来るのである。 弾性体の皺襞については従来「弾性的不安定」の問題として理論的にもかなりたびたび取り・・・ 寺田寅彦 「自然界の縞模様」
・・・緊張のために口の中のどこかがどうにか変形するためらしい。いやな気持ちがあごをゆがめるのかもしれない。 入れ歯と歯ぐきとの接触の密なことは紙一重のすきまも許さないくらいのものらしい。どこかが少しきつく当たって痛むような場合に、その場所を捜・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・ある意味において陶器の翫賞はエロチシズムの一変形であるのかもしれない。 青磁の徳利にすすきと桔梗でも生けると実にさびしい秋の感覚がにじんだ。あまりにさびしすぎて困るかもしれない。 青磁の香炉に赤楽の香合のモンタージュもちょっと美しい・・・ 寺田寅彦 「青磁のモンタージュ」
・・・次には忠、孝、義侠心、友情、おもな徳義的情操はその分化した変形と共に皆標準になります。この徳義的情操を標準にしたものを総称して善の理想と呼ぶ事ができます。この事はもっと委細に御話したいが時間がないから略して次に移ります。精神作用の第三は・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・ 智識は素と感情の変形、俗に所謂智識感情とは、古参の感情新参の感情といえることなりなんぞと論じ出しては面倒臭く、結句迷惑の種を蒔くようなもの。そこで使いなれた智識感情といえる語を用いていわんには、大凡世の中万端の事智識ばかりでもゆかねば・・・ 二葉亭四迷 「小説総論」
・・・何か、この先もう一つ、吹っきれば素晴らしいのが見えて居るのに、いさぎよくそこまで踏切ってなぜ呉れないか、と云う愛の変形であったのだ。 何かで「忘れ得ぬ人々」? と云う題で書かれた感想に類したものを見て自分の感じたことも同じだ。 最近・・・ 宮本百合子 「有島武郎の死によせて」
・・・おそらく現実には幾つかあったそんなことがぐるぐるまわって変形した話になって殖えたように拡まっているのであろうとも思うが、それにしても、百円札をもって来た若い職工さんの話などは今日の時代を語ってなかなか心に残る話である。 昔円本が売れた時・・・ 宮本百合子 「今日の読者の性格」
出典:青空文庫