・・・ 先生のお母さんらしい人が、夕飯の仕度をしていられたらしいのが出てこられました。そして、年子が、先生をたずねて、東京からきたということをおききなさると、急にお言葉の調子は曇りを帯びたようだったが、「それは、それは、よくいらしてくださ・・・ 小川未明 「青い星の国へ」
・・・ ある日のこと、達ちゃんは、夕飯のときになにか思い出してくすくすと笑いました。「なにか、おかしいことがあったの。」と、お姉さんがおっしゃいました。「きょう、秀公といっしょに帰ったら、鳥屋の前で、いろいろの鳥が鳴いているのを見て、・・・ 小川未明 「二少年の話」
・・・清住町へ着いたのはちょうど五時で、家の者はいずれも夕飯を済まして茶を飲んでいるところであった。「婆やさん、私が出てから親方はどんなだったね?」「別に変った御様子も見えませんでございますよ。ウトウト睡ってばかりおいでなさいましてね、時・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・そこへ夕飯がはこばれて来た。 電燈をつけて、給仕なしの夕飯をぽつねんと食べていると、ふと昨夜の蜘蛛が眼にはいった。今日も同じ襖の上に蠢いているのだった。 翌朝、散歩していると、いきなり背後から呼びとめられた。 振り向くと隣室の女・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・そのことを夕飯のとき軽部に話した。 新聞を膝の上に拡げたままふんふんと聴いていたが、話が唇のことに触れると、いきなり、新聞がばさりと音を立て、続いて箸、茶碗、そしてお君の頬がぴしゃりと鳴った。声が先であとから大きな涙がぽたぽた流れ落ち、・・・ 織田作之助 「雨」
・・・ 三階の旅館は日覆をいつの間にか外した。 遠い物干台の赤い張物板ももう見つからなくなった。 町の屋根からは煙。遠い山からは蜩。 手品と花火 これはまた別の日。 夕飯と風呂を済ませて峻は城へ登った。・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・ 私達はAの国から送って来たもので夕飯を御馳走になりました。部屋へ帰ると窓近い樫の木の花が重い匂いを部屋中にみなぎらせていました。Aは私の知識の中で名と物とが別であった菩提樹をその窓から教えてくれました。私はまた皆に飯倉の通りにある木は・・・ 梶井基次郎 「橡の花」
・・・帰宿って夕飯の時、ゆるゆる論ずる事にしよう。」「サア帰ろう!」と甲は水力電気論を懐中に押こんだ。 かくて仲善き甲乙の青年は、名ばかり公園の丘を下りて温泉宿へ帰る。日は西に傾いて渓の東の山々は目映ゆきばかり輝いている。まだ炎熱いので甲・・・ 国木田独歩 「恋を恋する人」
・・・栗本は夕飯がのどを通らなかった。平気でねているのは、片脚を切断した福島と、どうせ癒る見込みがない腹膜炎の患者だけであった。 電燈がついてから、看護長が脇の下に帳簿をはさんで、にこ/\しながら這入って来た。その笑い方は、ぴりッとこっちの直・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・いったい、次郎はおもしろい子供で、一人で家の内をにぎやかしていた。夕飯後の茶の間に家のものが集まって、電燈の下で話し込む時が来ると、弟や妹の聞きたがる怪談なぞを始めて、夜のふけるのも知らずに、皆をこわがらせたり楽しませたりするのも次郎だ。そ・・・ 島崎藤村 「嵐」
出典:青空文庫