はしがき 武田さんのことを書く。 ――というこの書出しは、実は武田さんの真似である。 武田さんは外地より帰って間もなく「弥生さん」という題の小説を書いた。その小説の書出しの一行を読んだ時私はどきんと・・・ 織田作之助 「四月馬鹿」
・・・ 小沢は外地から復員して、今夜やっと故郷の大阪へ帰って来たばかしだが、終戦後の都会や近郊の辻強盗の噂は、汽車の中できいて知っていた。「…………」 娘はだまって首を振った。「じゃ、どうしたんです……?」 娘はそれには答えず・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・内地では、二、三時間汽車に乗っても、大旅行の感じでとても気疲れがするのだが、外地では十時間二十時間の汽車旅行なんて、まるで隣村へ行くくらいの気軽なものなのだからね。内地の生活の密度が濃いとでもいうのか、または、その密度の濃い生活とぴったり噛・・・ 太宰治 「雀」
・・・或いは外地の悪質の性病に犯されたせいかも知れない。気の毒とも可哀想とも悲惨とも、何とも言いようのないつらい気持で、彼の痴語を聞きながら、私は何度も眼蓋の熱くなるのを意識した。「わかりました。」 私は、ただそう言った。 彼は、はじ・・・ 太宰治 「女神」
・・・新聞経営の実際面は、当時、外地からひきあげてきていた数名の専門新聞人が引き受け、婦人の新聞として独自の編輯面をクラブの人々がうけもつという仕組みにされた。つまり、クラブの発起人であった人々は、執筆者としての関係におかれ、クラブの実務者である・・・ 宮本百合子 「その人の四年間」
出典:青空文庫