・・・――末娘で可愛いお桂ちゃんに、小遣の出振りが面白い……小買ものや、芝居へ出かけに、お母さんが店頭に、多人数立働く小僧中僧若衆たちに、気は配っても見ないふりで、くくり頤の福々しいのに、円々とした両肱の頬杖で、薄眠りをしている、一段高い帳場の前・・・ 泉鏡花 「怨霊借用」
・・・ プラットフォームで、真黒に、うようよと多人数に取巻かれた中に、すっくと立って、山が彩る、目瞼の紅梅。黄金を溶す炎のごとき妙義山の錦葉に対して、ハッと燃え立つ緋の片袖。二の腕に颯と飜えって、雪なす小手を翳しながら、黒煙の下になり行く汽車・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・各手に一冊宛本を持って向合いの隅々から一人宛出て来て、中央で会ったところで、その本を持って、下の畳をパタパタ叩く、すると唯二人で、叩く音が、当人は勿論、襖越に聞いている人にまで、何人で叩くのか、非常な多人数で叩いている音の様に聞えると言いま・・・ 泉鏡花 「一寸怪」
・・・――南無大師遍照金剛――遠くに多人数の人声。童男童女の稚児二人のみまず練りつつ出づ――稚児一 南無大師遍照金剛。……稚児二 南無大師遍照金剛。……はじめ二人。紫の切のさげ髪と、白丈長の稚髷とにて、静にねりいで、やがて人形・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・自殺を三度も企て、そうして三度とも失敗している。多人数の大家族の間に育った子供にありがちな、自分ひとりを余計者と思い込み、もっぱら自分を軽んじて、甲斐ない命の捨てどころを大あわてにあわてて捜しまわっているというような傾向が、この男爵と呼ばれ・・・ 太宰治 「花燭」
・・・喧嘩しながら居眠るほど、酔っていた男を正気の相手が刃物で、而も多人数で切ったのですから、ぼくの運がわるく、而も丹毒で苦しみ、病院費の為、……おやじの残したいまは只一軒のうちを高利貸に抵当にして母は、兄と争い乍ら金を送ってくれました。会社は病・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・弘前の新聞記者たち、それから町の演劇研究会みたいなもののメンバー、それから高等学校の先生、生徒など、いろいろな人たちで、かなり多人数の宴会であった。高等学校の生徒でそこに出席していたのは、ほとんど上級生ばかりで、一年生は、私ひとりであったよ・・・ 太宰治 「チャンス」
はなはだお暑いことで、こう暑くては多人数お寄合いになって演説などお聴きになるのは定めしお苦しいだろうと思います。ことに承れば昨日も何か演説会があったそうで、そう同じ催しが続いてはいくらあたらない保証のあるものでも多少は流行過の気味で、・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
私はこの大阪で講演をやるのは初めてであります。またこういう大勢の前に立つのも初めてであります。実は演説をやるつもりではない、むしろ講義をする気で来たのですが、講義と云うものはこんな多人数を相手にする性質のものでありません。・・・ 夏目漱石 「文芸と道徳」
・・・今では多人数の会へ出ても、不意に人の頭をなぐったり、毒づいたりしようとするところの、衝動的な強迫観念に悩まされることが稀れになった。したがって人との応接が楽になり、朗らかな気持で談笑することが出来てきた。そして一般に、生活の気持がゆったりと・・・ 萩原朔太郎 「僕の孤独癖について」
出典:青空文庫