・・・ 弟共はすっかりそろって炬燵の囲りに集って、私の寝坊なのを笑って居る処へ眼を覚した私は、家が飛んできそうに皆が笑うのにびっくりして、重い夜着の中から、「何? 何なのときいた。「あんまりよく寝るから 隣の部屋で外出の仕度を・・・ 宮本百合子 「午後」
・・・私の弟のやさしい従順な家内が、あんなに朝から晩まであれこれ心をくばって暮しているのに、腰紐に小さい鈴が一つくっついていて、朝身じまいをするときだの、夜着物をきかえる時だの、何処かでチリリと鳴ったとしたら、やっぱりそれはわるい心地もしないだろ・・・ 宮本百合子 「小鈴」
・・・ 不安だと云うのでもなく、可哀そうだと云うのでもなく、家中のどよめきに連れて只ソワソワして居た私は、深く夜着の中にもぐって居ながら、遠くの足音にも耳をすませたり、一寸人が近くまで来ると、咳払いをしたりわざと欠伸をしたりして専ら気の毒な自・・・ 宮本百合子 「追憶」
彼女は耳元で激しく泣き立てる小さい妹の声で夢も見ない様な深い眠りから、丁度玉葱の皮を剥く様に、一皮ずつ同じ厚さで目覚まされて行きました。 習慣的に夜着から手を出して赤い掛布団の上をホトホトと叩きつけてやりながらも、ぬく・・・ 宮本百合子 「二月七日」
・・・ 壁に張った絵紙を大方はその色さえ見分けのつかないほどにくすぶって仕舞って居て、片方ほか閉めてない戸棚から夜着の、汚いのがはみ出て居るわきの壁には見覚えのある高貴の御方の絵像が、黄ろく、ぼろぼろに張りついて居るのである。 家中見廻し・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・私は、悦ばしく、自分の出来る限りを尽す気持で、派手になった十七八頃の銘仙衣類等を解いて、彼の使うべき夜着になおしたり何かした。 彼も来られると云う。四月の始め迄居る積りで、三月の二十日以後に此方は出発しようと云って来た。それ等のことで仕・・・ 宮本百合子 「二つの家を繋ぐ回想」
・・・ お松は夜着の中から滑り出て、鬆んだ細帯を締め直しながら、梯子段の方へ歩き出した。二階の上がり口は長方形の間の、お松やお金の寝ている方角と反対の方角に附いているので、二列に頭を衝き合せて寝ている大勢の間を、お松は通って行かなくてはならな・・・ 森鴎外 「心中」
出典:青空文庫