・・・が、敵軍も大佐を失い、その次にはまた保吉の恐れる唯一の工兵を失ってしまった。これを見た味かたは今までよりも一層猛烈に攻撃をつづけた。――と云うのは勿論事実ではない。ただ保吉の空想に映じた回向院の激戦の光景である。けれども彼は落葉だけ明るい、・・・ 芥川竜之介 「少年」
・・・それも、大将とか、大佐とかいうものなら、立派な金鵄勲章をひけらかして、威張って澄ましてもおられよけど、ただの岡見伍長ではないか? こないな意気地なしになって、世の中に生きながらえとるくらいなら、いッそ、あの時、六カ月間も生死不明にしられた仲・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・このことにかんしましてはマハン大佐もいまだ真理を語りません、アダム・スミス、J・S・ミルもいまだ真理を語りません。このことにかんして真理を語ったものはやはり旧い『聖書』であります。もし芥種のごとき信仰あらば、この山に移りてここよりか・・・ 内村鑑三 「デンマルク国の話」
・・・彼は、受取ったすぐ、その晩――つまり昨夜、旧ツアー大佐の娘に、毎月内地へ仕送る額と殆ど同じだけやってしまったことを後悔していた。今日戦争に出ると分っていりゃ、やるのではなかった。あれだけあれば、妻と老母と、二人の子供が、一ヵ月ゆうに暮して行・・・ 黒島伝治 「橇」
・・・――病院の下の木造家屋の中から、休職大佐の娘の腕をとって、五体の大きいメリケン兵が、扉を押しのけて歩きだした。十六歳になったばかりの娘は、せいも、身体のはゞも、メリケン兵の半分くらいしかなかった。太い、しっかりした腕に、娘はぶら下って、ちょ・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・会社に関係のある予備陸軍大佐の娘を妻に貰った。 為吉とおしかは、もうじいさん、ばあさんと呼ばれていいように年が寄っていた。野良仕事にも、夜なべにも昔日のように精が出なくなった。 債鬼のために、先祖伝来の田地を取られた時にも、おしかは・・・ 黒島伝治 「老夫婦」
・・・藤さんの家は今佐世保にあるのだそうで、お父さんは大佐だそうである。「それでは佐世保からはるばる来たんですか」「いいえ、あの娘だけは二た月ばかり前から、この対岸にいるんです。あなたでも同じですけれど、こんなになると、情合はまったく本当・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・査閲がすんで、査閲官の老大佐殿から、今日の諸君の成績は、まずまず良好であった。という御講評の言葉をいただき、「最後に」と大佐殿は声を一段と高くして、「今日の査閲に、召集がなかったのに、みずからすすんで参加いたした感心の者があったという事・・・ 太宰治 「鉄面皮」
・・・彼は陸軍大佐となり王党の国会議員となり、Duke of Leinster の娘の Lady Fitzgerald と結婚した。これがここに紹介しようとする物理学者レーリー卿の祖父である。勲功によって貴族に列せられようという内意があったが辞退・・・ 寺田寅彦 「レーリー卿(Lord Rayleigh)」
・・・馬はね、馬は大佐にしてやろうと思うんです」 おっかさんが笑いながら、 「そうだね、けれどもあんまりいばるんじゃありませんよ」と申しました。 ホモイは、 「大丈夫ですよ。おっかさん、僕ちょっと外へ行って来ます」と言ったままぴょ・・・ 宮沢賢治 「貝の火」
出典:青空文庫