・・・半僧坊のおみくじでは、前途成好事――云々とあったが、あの際大吉は凶にかえるとあの茶店の別ピンさんが口にしたと思いますが、鎌倉から東京へ帰り、間もなく帰郷して例の関係事業に努力を傾注したのでしたが、慣れぬ商法の失敗がちで、つい情にひかされやす・・・ 葛西善蔵 「父の出郷」
・・・たる筒口俊雄はこのごろ喫み覚えた煙草の煙に紛らかしにっこりと受けたまま返辞なければ往復端書も駄目のことと同伴の男はもどかしがりさてこの土地の奇麗のと言えば、あるある島田には間があれど小春は尤物介添えは大吉婆呼びにやれと命ずるをまだ来ぬ先から・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・僕は藤田大吉という人の作品を決して読むまいと心にちかった。僕は、そんなに他人の文章を読まないけれども、道化の華、ダス・ゲマイネ、理解できないのではなく、けれども満足ができなかった。之は、書くぞ、書くぞという気合と気魄の小説である。本物の予告・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・見えたのは紅唐紙で、それに「立春大吉」と書いてある。その吉の字が半分裂けて、ぶらりと下がっている。それを見てからは、小川は暗示を受けたように目をその壁から放すことが出来ない。「や。あの裂けた紅唐紙の切れのぶら下っている下は、一面の粟稈だ。そ・・・ 森鴎外 「鼠坂」
出典:青空文庫