姓氏の一。
おおやまいくお【大山郁夫】
[1880〜1955]社会運動家。兵庫の生まれ。大正7年(1918)吉野作造らの黎明会 (れいめいかい) に参加。翌年、長谷川如是閑らと「我等」を創刊。無産運動を指導、労働農民党委員長となる。第二次大戦中は米国に亡命、戦後帰国、平和運動に専念。
おおやまいわお【大山巌】
[1842〜1916]元帥・陸軍大将。鹿児島の生まれ。西郷隆盛の従弟。陸相・参謀総長を務め、日露戦争では満州軍総司令官。
おおやまもうで【大山詣で】
大山の阿夫利 (あふり) 神社に、白衣姿で参詣 (さんけい) すること。6月にするものを初山、7月にするものを盆山という。石尊 (せきそん) 詣で。大山参り。《季 夏》
出典:gooニュース
阪神・大山 決勝打だけじゃない!! G倒呼ぶ〓神の指〓執念の三塁帰塁 「チーム一丸での勝ち」
殊勲は3回2死二塁から中前へ決勝打を放った大山悠輔内野手(30)。オフに国内フリーエージェント(FA)権を行使し、猛烈なラブコールを送られた相手の前で会心の一撃を見舞った。昨季6試合で4勝(2敗)を献上し、東京ドームでは3戦全敗だったエース・戸郷を伝統の一戦初戦で攻略。2日ぶりにチームは勝率を5割に戻した。 決勝打を称える無数の「大山コール」が、左翼席から降り注ぐ。
阪神の大黒柱・大山を支える家族の存在「家に帰ったら自然と切り替えられる。そういう存在です」
チームを支える大山を支えている、家族という大きな存在が力となっている。(デイリースポーツ・和泉玲香)
阪神・大山 連敗止めた!FA熱烈ラブコールの阿部巨人に痛烈V撃 足でもハッスル“忍者走塁”魅せた
佐藤輝は空振り三振、森下は三邪飛に倒れ、2死二塁で大山が打席へ。「(村上)頌樹が頑張って投げてくれていたので、なんとか早い段階で援護してあげたい」と、高めに浮いた144キロの直球を捉えて中前にはじき返し、決勝打とした。 昨季、チームは戸郷に対して6試合のうち2勝4敗、防御率2・90と負け越し。大山自身も15打数2安打で打率・133と苦戦していた中で、価値ある一打となった。
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出典:青空文庫
・・・、甲斐と駿河の境さ、大山荒れがはじまったが、ごんごんごうごう暗や・・・ 伊藤左千夫「河口湖」
・・・を示せば、重厚沈毅な大山将軍ですらが丁髷の鬘に裃を着けて踊り出す・・・ 内田魯庵「四十年前」
・・・第一回の普選に大山さんが立候補した。その時、強力だった農民組合が・・・ 黒島伝治「鍬と鎌の五月」