・・・この解釈を承認する上は、さらにある驚くべき大罪を犯さねばならぬということを。なぜなれば、人間の思想は、それが人間自体に関するものなるかぎり、かならず何らかの意味において自己主張的、自己否定的の二者を出ずることができないのである。すなわち、も・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・しかしながらまた目の前の母が、悔悟の念に攻められ、自ら大罪を犯したと信じて嘆いている愍然さを見ると、僕はどうしても今は民子を泣いては居られない。僕がめそめそして居ったでは、母の苦しみは増すばかりと気がついた。それから一心に自分で自分を励まし・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・ 不思議なもので一度、良心の力を失なうと今度は反対に積極的に、不正なこと、思いがけぬ大罪を成るべく為し遂んと務めるものらしい。 自分はそっとこの革包を私宅の横に積である材木の間に、しかも巧に隠匿して、紙幣の一束を懐中して素知らぬ顔を・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・なにも一目盛の晩酌を、うらやましがる人も無いのに、そこは精神、吝嗇卑小になっているものだから、それこそ風声鶴唳にも心を驚かし、外の足音にもいちいち肝を冷やして、何かしら自分がひどい大罪でも犯しているような気持になり、世間の誰もかれもみんな自・・・ 太宰治 「禁酒の心」
・・・私は私の過去に犯した大罪を、しらじらしく、小説に組みたてて行くほどの、まだそれほどの破廉恥漢ではない。以下、私は、祈りの気持で、懺悔の心で、すべてをいつわらずに述べてみよう。 私が雪を殺したのは、すべて虚栄の心からである。その夜、私たち・・・ 太宰治 「断崖の錯覚」
・・・善吉も今日ッきり来ないものであると聞いては、これほど実情のある人を、何であんなに冷遇くしたろう、実に悪いことをしたと、大罪を犯したような気がする。善吉の女房の可哀そうなのが身につまされて、平田に捨てられた自分のはかなさもまたひとしおになッて・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・まず博士の神学を挙げて二度これを満場に承認せしめこれを以て大前提とし次にビジテリアンがこれに背くことを述べて小前提とし最後にビジテリアンが故に神に背くことを断定し菜食なる小善の故に神に背くの大罪を犯すことを暗示致されました。実に簡潔明瞭なる・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
出典:青空文庫