・・・その日は、御前様のお留守、奥様が欄干越に、その景色をお視めなさいまして、――ああ、綺麗な、この白い雲と、蒼空の中に漲った大鳥を御覧――お傍に居りました私にそうおっしゃいまして――この鳥は、頭は私の簪に、尾を私の帯になるために来たんだよ。角の・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・しかし、贅沢といえば、まことに蘭飯と称して、蘭の花をたき込んだ飯がある、禅家の鳳膸、これは、不老の薬と申しても可い。――御主人――これなら無事でしょう。まずこの辺までは芥川さんに話しても、白い頬を窪まし、口許に手を当てて頷いていましょうがね・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・青い空の中へ浮上ったように広と潮が張っているその上に、風のつき抜ける日蔭のある一葉の舟が、天から落ちた大鳥の一枚の羽のようにふわりとしているのですから。 それからまた、澪釣でない釣もあるのです。それは澪で以てうまく食わなかったりなんかし・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・を俊雄は心底歎服し満腹し小春お夏を両手の花と絵入新聞の標題を極め込んだれど実もってかの古大通の説くがごとくんば女は端からころりころり日の下開山の栄号をかたじけのうせんこと死者の首を斬るよりも易しと鯤、鵬となる大願発起痴話熱燗に骨も肉も爛れた・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・ 与謝野晶子さんがまだ鳳晶子といわれた頃、「やははだの熱き血潮にふれもみで」の一首に世を驚したのは千駄ヶ谷の新居ではなかった歟。国木田独歩がその名篇『武蔵野』を著したのもたしか千駄ヶ谷に卜居された頃であったろう。共に明治三十年代のことで・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
・・・天文をうかがって吉兆を卜し、星宿の変をみて禍福を憂喜し、竜といい、麒麟といい、鳳鳥、河図、幽鬼、神霊の説は、現に今日も、かの上等社会中に行われて、これを疑う者、はなはだ稀なるが如し。いずれも皆、真理原則の敵にして、この勁敵のあらん限りは、改・・・ 福沢諭吉 「物理学の要用」
・・・〔『ホトトギス』第五巻第七号 明治35・4・20 一〕○おとどしの春黙語氏の世話で或人の庭に捨ててあった大鳥籠をかりて来た。この鳥籠というのは動物園などにあるような土地へ据えるもので、直径が五尺ばかり高さが一丈ばかり、それは金網・・・ 正岡子規 「病牀苦語」
・・・というのは、空を翔びたいと熱望した少年イカルスが、大鳥の翼を体につけて地上より飛び立ち、高く高くと舞い上って行ったけれども、あんまり天に近いところまで行ったら、ジュピターが人間の少年イカルスの剛胆さに腹をたてて、イカルスの背中に翼をくっつけ・・・ 宮本百合子 「なぜ、それはそうであったか」
・・・ 作者が、海の広い面に向って落ちて行く翼の破れた大鳥の意匠をその本の表紙に使った心持を、私共は何と解釈すべきでしょう。 申さずとも明です。 然し、現代の女性一般の胸の裡には、そのロザリーの落付き得た生活様式とは何か異ったものを求・・・ 宮本百合子 「「母の膝の上に」(紹介並短評)」
・・・兄きは大鳥圭介に附いて行っちまう。お袋と己とは広徳寺前の屋敷にぼんやりしていると、上野の戦争が始まった。門番で米擣をしていた爺いが己を負ぶって、お袋が系図だとか何だとかいうようなものを風炉敷に包んだのを持って、逃げ出した。落人というのだな。・・・ 森鴎外 「里芋の芽と不動の目」
出典:青空文庫