・・・死ねば天堂へ行かれる、未来は雨蛙といっしょに蓮の葉に往生ができるから、この世で善行をしようという下卑た考と一般の論法で、それよりもなお一層陋劣な考だ。国を立つ前五六年の間にはこんな下等な考は起さなかった。ただ現在に活動しただ現在に義務をつく・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
・・・ 此処へ来て一日ほど立って、指をはらして二月も順天堂に通った事のあるその女中は、ほんとうに思いやりがあるらしく涙声で云った。 その日一日八度から九度の間を行き来して居た宮部の熱は、夜になっても別にあがりもしなかった。 それで・・・ 宮本百合子 「黒馬車」
・・・順天堂でも患者をお茶の水に運び、精養軒へ行き駒込の佐藤邸へうつる迄に幾人も産をした。 ◎隅田川に無数の人間の死体が燃木の間にはさまって浮いて居る。女は上向き男は下向、川水が血と膏で染って居、吾嬬橋を工兵がなおして居る。 ◎殆ど野原で・・・ 宮本百合子 「大正十二年九月一日よりの東京・横浜間大震火災についての記録」
・・・俥に乗り、前ばかりを見つめて大学の横から、順天堂の近くへ連れられて行ったのである。 小さな小学校の建物ばかりを見なれた眼には、気が臆すほど壮大な大玄関で降ろされると、周囲の大混雑に驚かされた。見れば、みな先生だのお母さん、姉さんなどがつ・・・ 宮本百合子 「入学試験前後」
・・・肺壊疽をわずらって順天堂病院に入院していた母は、私が病院にかけつけて十五分ののちに死去した。私は半年の留置場生活で健康を害して、心臓衰弱に苦しんだ。この年はプロレタリア芸術家の転向の問題が注目をひいた。村山知義の「白夜」その他、運動と個性の・・・ 宮本百合子 「年譜」
・・・人を教えるものが妻と別れて平気で顔向けが出来るかという 七月八日 坪内先生へ手紙 足の工合がわるい 一人での生活をしたい心、そのときのことを楽しく空想する 七月二十二日 順天堂に通う。 A大阪に立つ、自分翌日一人・・・ 宮本百合子 「「伸子」創作メモ(二)」
・・・彼の魂は世の汚れたる群れより離れて天堂と地獄に行く。この不覊の魂を宿したる骸は憂き現し世の鬼の手に落ちた。Yea, thou shalt learn how salt his food who bdresUpon anoth・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫