・・・外交官の夫の転任する度に、上海だの北京だの天津だのへ一時の住いを移しながら、不相変達雄を思っているのです。勿論もう震災の頃には大勢の子もちになっているのですよ。ええと、――年児に双児を生んだものですから、四人の子もちになっているのですよ。お・・・ 芥川竜之介 「或恋愛小説」
・・・ 同じ様に、越前国丹生郡天津村の風巻という処に善照寺という寺があって此処へある時村のものが、貉を生取って来て殺したそうだが、丁度その日から、寺の諸所へ、火が燃え上るので、住職も非常に困って檀家を狩集めて見張となると、見ている前で、障子が・・・ 泉鏡花 「一寸怪」
・・・――これは怪しからず、天津乙女の威厳と、場面の神聖を害って、どうやら華魁の道中じみたし、雨乞にはちと行過ぎたもののようだった。が、何、降るものと極れば、雨具の用意をするのは賢い。……加うるに、紫玉が被いだ装束は、貴重なる宝物であるから、驚破・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・げにわれは思う、女もし恋の光をその顔に受けて微笑む時は花のごとく輝く天津乙女とも見ゆれど、かの恋の光をその背にして逃げ惑うさまは世にこれほど醜きものあらじと、貴嬢はいかが思いたもうや。 母上との物語をおえて二階なるわが室にかえり、そのま・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・女星の額の玉は紅の光を射、男星のは水色の光を放てり。天津乙女は恋の香に酔いて力なく男星の肩に依れり。かくて二人は一山の落ち葉燃え尽くるまで、つきぬ心を語りて黎明近くなりて西の空遠く帰りぬ。その次の夜もまた詩人は積みし落ち葉の一つを燃かしむれ・・・ 国木田独歩 「星」
・・・彼はあわただしい法戦の間に、昼夜唱題し得る閑暇を得たことを喜び、行住坐臥に法華経をよみ行ずること、人生の至悦であると帰依者天津ノ城主工藤吉隆に書いている。 二年の後に日蓮は許されて鎌倉に帰った。 彼は法難によって殉教することを期する・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・手甲、脚絆、たすきがけで、頭に白い手ぬぐいをかぶった村嬢の売り子も、このウルトラモダーンな現代女性の横行する銀座で見ると、まるで星の世界から天降った天津乙女のように美しく見られた。 子供の時分に、郷里の門前を流れる川が城山のふもとで急に・・・ 寺田寅彦 「試験管」
ニイナ・フェドロヴァというロシア生れの女のひとの書いた小説「家族」は最近よんだ本の中で面白いものの一つでした。貧しい白系ロシア人の家族が天津で下宿屋をやって、日支事変の波の中に様々の経験を経てゆく物語ですが登場するイギリス・・・ 宮本百合子 「ニイナ・フェドロヴァ「家族」」
・・・ハーシーが、一九一四年天津で生れ、中国で幼年、少年時代をすごしてからイエールとケイムブリッジ大学で学んだジャーナリストであるということは、ハーシーの人生の見かた、世界のできごとに対する態度に影響している。天津でミッションの仕事をしていたひと・・・ 宮本百合子 「「ヒロシマ」と「アダノの鐘」について」
・・・ スイミツ桃のうす青な水たっぷりの実は、やわらかくてしない赤坊のように思われるが、天津桃の赤黒いデブデブした紫のつゆのたれそうなのは、二十五六のせっぴくのゲラゲラ笑うフトッチョのはのきたない女に似て居る。 ○この頃の本の沢山・・・ 宮本百合子 「芽生」
出典:青空文庫