・・・いくら逃げても追い駆けて来る体内の敵をまくつもりで最後の奥の手を出してま近な二つの氷盤の間隙にもぐり込もうとするが、割れ目は彼女の肥大な体躯を容れるにはあまりに狭い。この最後の努力でわずかに残った気力が尽き果てたか、見る見るからだの力が抜け・・・ 寺田寅彦 「空想日録」
・・・ そこでルラ蛙はもう昔習った六百米の奥の手を出して一目散にお父さんのところへ走って行きました。するとお父さんたちはお酒に酔っていてみんなぐうぐう睡っていていくら起しても起きませんでした。そこでルラ蛙はまたもとのところへ走ってきてまわりを・・・ 宮沢賢治 「蛙のゴム靴」
・・・「貴方の奥の手ですよ、 でもあんまりいいこっちゃあありませんねえ。」 千世子はかなり真面目な調子で云った。 篤は少し顔の筋をつめた。 でも千世子はすぐ笑いながら大きなおどけた調子で云った。「貴方は万事万端その調子で切・・・ 宮本百合子 「蛋白石」
・・・ これが海老屋の年寄りの奥の手であった。 最初からこうまでするように、彼女の妙法様はお指図下すったのである。 現在海老屋の所有となっている広大な土地は、全部こういう風な詭計を用いて奪ったのだと云うことは、決して単にそねみ半分の悪・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
出典:青空文庫