・・・私はそんな女心に愛想がつきてしまう前に、自分に愛想をつかしました。思えばばかな男だった。ところが、ますますばかなことには、苦しいその夜が明けて、その家を出る時、私は文子に大阪までの旅費をうっかり貰ってしまったのです。東京の土地にうろうろされ・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・払戻の窓口へさし込んだ手へ、無造作に札を載せられた時の快感は、はじめて想いを遂げた一代の肌よりもスリルがあり、その馬を教えてくれた作家にふと女心めいた頼もしさを感じながら、寺田はにわかにやみついて行った。 小心な男ほど羽目を外した溺れ方・・・ 織田作之助 「競馬」
・・・ しかし声はふるえ、それがせめてもの女心だと亡夫を想った。 織田作之助 「薬局」
・・・唇の両端のつりあがった瞳の顔から推して、こんなに落ちぶれてしまっては、もはや嫌われるのは当り前だとしょんぼり諦めかけたところ、女心はわからぬものだ。坂田はんをこんな落目にさせたのは、もとはといえば皆わてからやと、かえって同情してくれて、そし・・・ 織田作之助 「雪の夜」
・・・ 近松になると、もう明瞭に女の女らしさ、男の心に対置されたものとしての女心の独特な波調が、その芸術のなかにとらえられて来ている。よきにつけあしきにつけ主動的であり、積極的である男心に添うて、娘としては親のために、嫁いでは良人のために、老・・・ 宮本百合子 「新しい船出」
・・・のシュトラウス夫人では、阿蘭とはちがった、小川のような女心の可憐なかしこさ、しおらしい忍耐の閃く姿を描き出そうとしているのだが、その際、自分の持っている情感の深さの底をついた演技の力で、そういう人柄の味を出そうとせず、その手前で、いって見れ・・・ 宮本百合子 「映画女優の知性」
・・・ 永瀬さんが今日の日本の女性の詩人として示している独特な美と力とは、女心が縷々として感じてうたう自然発生の魅力ばかりを鑑賞されることにたよっていないで、女が考える、という合理的な事実を承認して、それをまざまざとした感性で表現してゆく天稟・・・ 宮本百合子 「『静かなる愛』と『諸国の天女』」
・・・しかも百年前の無知でのびやかな、外の世界を知らない女心の狭さは、今日、本人達が望むよりも激しい勢で打ち破られている。一見文明的なそのくせ現実の社会施設に於ては無一物な荒野に、婦人は突き出されている。ショウが「人と超人」を書いた一九〇三年には・・・ 宮本百合子 「人間の結婚」
・・・なぜならば、婦人作家が、もう日本に独特な女心の人形ぶりをすることをやめたという事実は、それらの婦人作家にとっても、前進の道は人間の道、二十億の多数なる人民の道の上にしかないことを確証することであるから。このような行手の眺めは「わたしたちも歌・・・ 宮本百合子 「婦人作家」
・・・女らしい女心、女の心ですから女心になりますけれども、同じことをいっても女の声は自然にソプラノになるのだから。女はまた女の持っている特殊な社会状態があるから男の知らない状態もたくさんあるわけです。それを正面から女らしさという問題で片づけるので・・・ 宮本百合子 「婦人の創造力」
出典:青空文庫