・・・ので、思うように師を得て学に就くという訳には出来なかったので、田舎の小学を卒ると、やがて自活生活に入って、小学の教師の手伝をしたり、村役場の小役人みたようなことをしたり、いろいろ困苦勤勉の雛型その物の如き月日を送りながらに、自分の勉強をする・・・ 幸田露伴 「観画談」
・・・ これ私の性の獰猛なるに由る乎、癡愚なるに由る乎、自分には解らぬが、併し今の私に人間の生死、殊に死刑に就ては、粗ぼ左の如き考えを有って居る。 二 万物は皆な流れ去るとヘラクリタスも言った、諸行は無常、宇宙は変化の・・・ 幸徳秋水 「死生」
・・・ だが、さすがにこの赤色別荘は、一銭の費用もかゝらないし、喜楽的などころか、毎日々々が鉄の如き規律のもとに過ぎてゆくのだ――然し、それは如何にも俺だちにふさわしいので、面白いと思っている。「さ、これから赤色体操を始めるんだぞ。」・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・ なほ考ふるに、舜はもと一田夫の子、いかに孝行の名高しと雖、堯が直に之を擧げて帝王の位を讓れりといへる、その孝悌をいはんがためには、その父母弟等の不仁をならべて對照せしめしが如きは、之をしも史實として採用し得べきや。又禹の治水にしても、・・・ 白鳥庫吉 「『尚書』の高等批評」
・・・ いつか、私は、井伏さんと一緒に、所謂早稲田界隈に出かけたことがあったけれども、その時の下宿屋街を歩いている井伏さんの姿には、金魚鉢から池に放たれた金魚の如き面影があった。 私は、その頃まだ学生であった。しかし、早稲田界隈の下宿生活・・・ 太宰治 「『井伏鱒二選集』後記」
・・・なんぞと云うのだが、この給仕頭の炬の如き眼光を以て見ても、チルナウエルを研究家だとすることは出来なかったのである。それから銀行であるが、なるほどウィインの銀行は、いてもいなくても好い役人位は置く。しかしそれに世界を漫遊させる程、おうような評・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・心地す相川それの粗忽しき義僕孝助の忠やかなる読来れば我知らず或は笑い或は感じてほと/\真の事とも想われ仮作ものとは思わずかし是はた文の妙なるに因る歟然り寔に其の文の巧妙なるには因ると雖も彼の圓朝の叟の如きはもと文壇の人にあらねば操觚を学びし・・・ 著:坪内逍遥 校訂:鈴木行三 「怪談牡丹灯籠」
・・・尤も『土佐古今の地震』という書物に、著者寺石正路氏が明治三十二年の颱風の際に見た光り物の記載には「火事場の火粉の如きもの無数空気中を飛行するを見受けたりき」とあるからこれはまた別の現象かもしれない。 非常な暴風のために空気中に物理的な発・・・ 寺田寅彦 「颱風雑俎」
・・・墓地本道の左右に繁茂していた古松老杉も今は大方枯死し、桜樹も亦古人の詩賦中に見るが如きものは既に大抵烏有となったようである。根津権現の花も今はどうなったであろうか。 根津権現の社頭には慶応四年より明治二十一年まで凡二十一年間遊女屋の在っ・・・ 永井荷風 「上野」
・・・果物のうちで不恰好なものといったら凡そ其骨のような枳の如きものはあるまい。其枳の為に救われたということで最初から彼の普通でないことが示されて居るといってもいい。蘇生したけれど彼は満面に豌豆大の痘痕を止めた。鼻は其時から酷くつまってせいせいす・・・ 長塚節 「太十と其犬」
出典:青空文庫