・・・きっと偽物だろう。どこから拾ってきたか。」「いいえ偽物でもなければ、拾ってきたのでもありません。これはほんとうの真珠や、さんごです。私を疑ってくださいますな。早く私に着物を売ってください。お爺さんは船に待っています。沖に止まっています船・・・ 小川未明 「黒い旗物語」
・・・「こうして、歩きなさって、薬が売れますかい。」と、じいさんは、ききました。「偽物が安く買われますので、なかなか売れません。薬ばかりは、病気になって飲んでみなければわからないので、すぐに本物とは思ってくれないのです。」「都にゆくと・・・ 小川未明 「手風琴」
・・・じつはね、この間町の病院の医者の紹介で、博物館に関係のあるという鑑定家の処へ崋山と木庵を送ってみたんだが、いずれも偽物のはなはだしきものだといって返して寄越したんです。僕ら素人眼にも、どうもこの崋山外史と書いた墨色が新しすぎるようですからね・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・そればかりでなく、ほかの看護卒の、私物箱や、財布をも寝台の上に出させ、中に這入っている紙幣を偽物かどうか、透かしてたしかめた。 憲兵にとって、一枚の贋造紙幣が発見されたということは、なんにも自分の利害に関する問題ではなかった。発覚されな・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・全く偽物だ。しかし古い立派な人の墓を掘ることは行われた事で、明の天子の墓を悪僧が掘って種の貴い物を奪い、おまけに骸骨を足蹴にしたので罰が当って脚疾になり、その事遂に発覚するに至った読むさえ忌わしい談は雑書に見えている。発掘さるるを厭って曹操・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・床の間には春蘭の鉢が置かれて、幅物は偽物の文晃の山水だ。春の日が室の中までさし込むので、実に暖かい、気持ちが好い。机の上には二、三の雑誌、硯箱は能代塗りの黄いろい木地の木目が出ているもの、そしてそこに社の原稿紙らしい紙が春風に吹かれている。・・・ 田山花袋 「少女病」
・・・若し捕ってりゃ偽物だよ。偽物でも何でも捕えようと思って慌ててるこったろう。可哀相に、何も知らねえ奴が、棍棒を飲み込みでもしたように、叩き出されかけているこったろう。蛙を呑んだ蛇見たいにな」 彼は、拷問の事に考え及んだ時、頭の中が急に火熱・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
出典:青空文庫