・・・『取彼乳糜如意飽食、悉皆浄尽。』――仏本行経七巻の中にも、あれほど難有い所は沢山あるまい。――『爾時菩薩食糜已訖従座而起。安庠漸々向菩提樹。』どうじゃ。『安庠漸々向菩提樹。』女人を見、乳糜に飽かれた、端厳微妙の世尊の御姿が、目のあたりに拝ま・・・ 芥川竜之介 「俊寛」
・・・風のごとく駆下りた、ほとんど魚の死骸の鰭のあたりから、ずるずると石段を這返して、揃って、姫を空に仰いだ、一所の鎌首は、如意に似て、ずるずると尾が長い。 二階のその角座敷では、三人、顔を見合わせて、ただ呆れ果ててぞいたりける風情がある・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・時雨の如意輪観世音。笠守の神。日中も梟が鳴くという森の奥の虚空蔵堂。―― 清水の真空の高い丘に、鐘楼を営んだのは、寺号は別にあろう、皆梅鉢寺と覚えている。石段を攀じた境内の桜のもと、分けて鐘楼の礎のあたりには、高山植物として、こうした町・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・ 修錬の極致に至りますると、隠身避水火遁の術などはいうまでもございませぬ、如意自在な法を施すことが出来るのだと申すことで。 ある真言寺の小僧が、夜分墓原を通りますと、樹と樹との間に白いものがかかって、ふらふらと動いていた。暗さは暗し・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・ 如意輪堂の扉にあずさ弓の歌を書きのこした楠正行は、年わずかに二十二歳で戦死した。しのびの緒をたち、兜に名香を薫じた木村重成もまた、わずかに二十四歳で戦死した。彼らは各自の境遇から、天寿をたもち、もしくは病気で死ぬことすらも恥辱なりとし・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・ 如意輪堂の扉に梓弓の歌かき残せし楠正行は、年僅に二十二歳で戦死した、忍びの緒を断ちかぶとに名香を薫ぜし木村重成も亦た僅かに二十四歳で、戦死した、彼等各自の境遇から、天寿を保ち若くば病気で死ぬることすらも、耻辱なりとして戦死を急いだ、而・・・ 幸徳秋水 「死生」
・・・という自由自在の「如意棒」を振廻わして、人間に手の届かぬ空間の好きなところへ探りを入れ引掻き廻わし得られるところにある。このいたずらを利用したものの例としては三角測量の際に遠方の三角点から光の信号を送るへリオトロープがあり、その他色々な光束・・・ 寺田寅彦 「異質触媒作用」
出典:青空文庫