・・・ それに、本人を倚掛らせますのには、しっかりなすって、自分でお雪さんが頼母しがるような方でなくっちゃ可けますまい、それですのにちょいちょいお見えなさいまする、どのお客様も、お止し遊ばせば可いのに、お妖怪と云えば先方で怖がります、田舎の意気・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・そして、それが、単に怖がらせの妖怪談であったり、また滑稽ものであったり、然らざれば、教訓的な童話であり、若くは、全くのナンセンスであって足れりとしました。 しかし、かくのごときものは、児童等の知識の進むに従って、満足することができな・・・ 小川未明 「新童話論」
・・・蛹でも食って生きているような感じだ。妖怪じみている。ああ、胸がわるい。 ――そんなにわざわざ蒼い顔して見せなくたっていいのよ。ねえ、プロや。おまえの悪口言ってるのよ。吠えて、おやり。わん、と言って吠えておやり。 ――よせ、よせ。おま・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・ ベックリンという海の妖怪などを好んでかく画家の事は、どなたもご存じの事と思う。あの人の画は、それこそ少し青くさくて、決していいものでないけれども、たしか「芸術家」と題する一枚の画があった。それは大海の孤島に緑の葉の繁ったふとい樹木が一・・・ 太宰治 「十五年間」
・・・ わあっはっはっ、と無気味妖怪の高笑いのこして立ち去り、おそらくは、生れ落ちてこのかた、この検事局に於ける大ポオズだけを練習して来たような老いぼれ、清水不住魚、と絹地にしたため、あわれこの潔癖、ばんざいだのうと陣笠、むやみ矢鱈に手を握り合っ・・・ 太宰治 「創生記」
・・・私は今だってなかなかの馬鹿ですが、そのころは馬鹿より悪い。妖怪でした。贅沢三昧の生活をしていながら、生きているのがいやになって、自殺を計った事もありました。何が何やら、わからぬ時代でありました。大軟派といっても、それは形ばかりで、女性には臆・・・ 太宰治 「小さいアルバム」
・・・昔西洋の雑誌小説で蛾のお化けの出るのを読んだことがあるが、この眼玉の光には実際多少の妖怪味と云ったようなものを帯びている。つまり、何となく非現実的な色と光があるのである。これは多分複眼の多数のレンズの作用で丁度光り苔の場合と同じような反射を・・・ 寺田寅彦 「烏瓜の花と蛾」
・・・昔西洋の雑誌小説で蛾のお化けの出るのを読んだことがあるが、この目玉の光には実際多少の妖怪味といったようなものを帯びている。つまり、なんとなく非現実的な色と光があるのである。これはたぶん複眼の多数のレンズの作用でちょうど光り苔の場合と同じよう・・・ 寺田寅彦 「からすうりの花と蛾」
・・・彼は近所のあらゆる曲がり角や芝地や、橋のたもとや、大樹のこずえやに一つずつきわめて格好な妖怪を創造して配置した。たとえば「三角芝の足舐り」とか「T橋のたもとの腕真砂」などという類である。前者は川沿いのある芝地を空風の吹く夜中に通・・・ 寺田寅彦 「化け物の進化」
・・・幼年時代はすべての世界が恐ろしく、魑魅妖怪に満たされて居た。 青年時代になってからも、色々恐ろしい幻覚に悩まされた。特に強迫観念が烈しかった。門を出る時、いつも左の足からでないと踏み出さなかった。四ツ角を曲る時は、いつも三遍宛ぐるぐる回・・・ 萩原朔太郎 「僕の孤独癖について」
出典:青空文庫