二月二十一日に学位を辞退してから、二カ月近くの今日に至るまで、当局者と余とは何らの交渉もなく打過ぎた。ところが四月十一日に至って、余は図らずも上田万年、芳賀矢一二博士から好意的の訪問を受けた。二博士が余の意見を当局に伝えた・・・ 夏目漱石 「博士問題の成行」
・・・ この前年、二十三歳のカールはイエナ大学に出した学位請求論文によって哲学博士となった。亡くなった父も、母も、カール自身も、大学教授としての生活を考えていたのであった。ところが、ドイツの社会情勢がカールをその平安な計画から追いたてた。一八・・・ 宮本百合子 「カール・マルクスとその夫人」
・・・もしも彼女が、上成績で学位をとったことを、これから安楽な奥さん生活を営むためにより有利な条件として利用しようとでもする俗っぽい性根であったなら、決してピエール・キュリーのような天才的な、創意にみちた科学者の人柄と学問の立派さを理解することは・・・ 宮本百合子 「キュリー夫人の命の焔」
・・・三人の子供達は、近代文明の許す最高の注意を以て、学位まで持っている家庭教師に褓育されております。雇人は規律正しい。 ロザリーは、朝、勤めている銀行へ出る前の数十分間を、楽しく、さっぱりした三人の子供達と遊び、笑い興じます。夕方かえると、・・・ 宮本百合子 「「母の膝の上に」(紹介並短評)」
・・・お前のは売らなくてはならんと云うのでもなし、学位が欲しいと云うのでもないからな。」一旦こうは云ったが、子爵は更に、「学位は貰っても悪くはないが」と言い足して笑った。 ここまで傍聴していた奥さんが、待ち兼ねたように、いろいろな話をし掛ける・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・今度の下宿には娘がいるから、今度だけは良さそうだ、なんて云ってました。学位論文も通ったらしいです。」「じゃ、二十一歳の博士か。そんな若い博士は初めてでしょう。」「そんなことも云ってました。通った論文も、アインシュタインの相対性原理の・・・ 横光利一 「微笑」
出典:青空文庫