・・・雷同し謳歌して行くより外には安全なる処世の道はないように考えられている。この場合わが身一つの外に、三界の首枷というもののないことは、誠にこの上もない幸福だと思わなければならない。 ○ わたくしの身にとって妻帯の・・・ 永井荷風 「西瓜」
・・・毎朝髭を剃るんでね、安全髪剃を革砥へかけて磨ぐのだよ。今でもやってる。嘘だと思うなら来て御覧」 看護婦はただへええと云った。だんだん聞いて見ると、○○さんと云う患者は、ひどくその革砥の音を気にして、あれは何の音だ何の音だと看護婦に質問し・・・ 夏目漱石 「変な音」
・・・刃のない安全剃刀。ブリキのように固くなったオバーオールが、三着。「畜生! どこへ俺は行こうってんだ」 樫の盆見たいな顔を持った、セコンドメイトは、私と並んで、少し後れようと試みながら歩いていた。「ヘッ、俺より一足だって先にゃ行か・・・ 葉山嘉樹 「浚渫船」
・・・第二に活計の道、渡世の法を求めて衣食住に不自由なく生涯を安全に送ること。第三に子供を養育して一人前の男女となし、二代目の世の中にては、その子の父母となるに差支なきように仕込むことなり。第四に人々相集まりて一国一社会を成し、互いに公利を謀り共・・・ 福沢諭吉 「家庭習慣の教えを論ず」
・・・そのほうが安全だよ。」というのがはっきり聞えました。私たちはまた顔を見合せました。 そして思わずふき出してしまいました。 それから一目散に遁げました。 けれどももう役人は追って来ませんでした。その日の晩方おそく私たちはひどくまわ・・・ 宮沢賢治 「二人の役人」
・・・最後のクライマックスで、封建社会での王は最も頼みにしているルスタムの哀訴さえ自身の権勢を安全にするためには冷笑して拒んだ非人間らしさを描き出している。「渋谷家の始祖」は一九一九年のはじめにニューヨークで書かれた。二十一歳になった作者が、・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第二巻)」
・・・ねえ、君、この位安全な、危険でない思想はないじゃないか。神が事実でない。義務が事実でない。これはどうしても今日になって認めずにはいられないが、それを認めたのを手柄にして、神を涜す。義務を蹂躙する。そこに危険は始て生じる。行為は勿論、思想まで・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・ これなら無事だ、と思われる安全な道が、突然二人の前に開けて来た。「いえ、最近です。」「好きなんですね。」「おれのう、頭の休まる法はないものかと、いつも考えていたときですが、高田さんの俳句をある雑誌で見つけて、さっそく入門し・・・ 横光利一 「微笑」
・・・真の名誉というものは、神を信じて、世の中に働くことにあるので、真の安全も満足もこの外に得られるものでないと、つねづね仰ったことを、御遺言として、記憶しておいで」と、心を一杯籠めて仰ったのを、訳はよく分らないでも、忘れる処か、今そこでうかがっ・・・ 若松賤子 「忘れ形見」
・・・従ってまた個人は、社会に安全に生息するために、ある型に自分をはめ込まねばならぬ、というような必要から全然解放せられた。何人も、何らの束縛なしに、彼自身であってよい。何者にも盲従するには当たらない。しかし人間が超個人的な永遠な事業を完成するた・・・ 和辻哲郎 「世界の変革と芸術」
出典:青空文庫